それはさながら蛇のように

伏谷洞爺

プロローグ「それはある意味において運命の出会い」

 なんでこんなことに――?

 三月某日。春休みも終盤のこと。一人の少女が危険に見舞われていた。

 少女を取り囲むのは、複数人の男性。年の頃は十代後半から、せいぜいが二十代前半ほど。全員があまり関わり合いになりたくない雰囲気を持った人物だった。

 いわゆる不良グループというやつだろうか。少女は恐怖に身を縮こませながら、そんなことを考える。

 軽いパニック状態になっていたのだろうか。それとも、現実逃避の一種だったのだろうか。

 いずれにせよ、普通じゃないというのだけはわかっていた。

 カタカタと体中が震える。怖いという感情だけが頭の中を支配していた。

 ここから、どう行動するべきかなんてわからなかった。ただただ、一刻も早くこの時間が終われと願っていた。

 目尻に涙がにじむ。怖いと同時に、なんでこんな目に遭うのだろうかという疑問が浮かぶ。

「そんなに怖がらなくてもいいじゃん」

「俺達、別に君に何かしたりしないって」

「そうそう。ただ楽しく遊ぼうって誘ってるだけなのに」

 ケタケタと笑う不良。何がそんなにおかしいのか、少女にはわからかった。

 助けて――と心の中で叫ぶが、そんなものが誰かに届くはずもなく。

 不良達の笑い声が、段々と耳元に近づいてきているような気がした。

 そんな時、だった。

「そこまでだ。その子、困ってるだろう」

 唐突に、声が聞こえてきた。不良達はすぐに振り返った。

 少女も、声のした方へと目を向ける。涙でにじむ視界に映ったのは、大きな人影だった。

「なんだァ……?」

「てめえには関係ねえだろうが」

「失せろ。じぇねえと痛い目見るぜ」

 不良達から笑い声が消えた。けれど、次に彼らが発した言葉には怒気が孕んでいた。

 楽しい時間を邪魔されたことに、苛立っているようだった。

「なんだ、聞こえなかったのか、クズども」

 不良達に囲まれても、冷静に言い放つ大きな人影。

 声からして、おそらく男性だろう。というか、挑発なんてして大丈夫なのだろうか。

 少女は不良達の視線が自分から逸れたことで幾分か平静を取り戻した少女は、自分を助けるために来てくれたであろうその男性の心配をしてしまう。

 不良達が手足をブラブラさせて、準備運動に入った。

 男性は腰を落とし、ギロリと不良達を油断なく睨みつける。

 殺気立っていた。一触即発の雰囲気に、今度は先ほどまでとは別の意味で恐ろしくなってくる。

 まさに、死闘が始まろうとしていた、その瞬間だった。

「君達、何をしているんだね!」

 怒号が少女の耳に届く。バッと振り返ると、警察官が二名ほどこちらへ駆けつけてくるところだった。

 不良達は警察官の姿を認めると「やべっ」「逃げろ」などと叫びながらどこかへ走り去って行ってしまう。

 結果として、取り残されたのは涙目でへたり込む少女と、腰を落として臨戦態勢を取った大柄な男性だけになってしまっていた。

 その後、長い時間をかけて事情を説明し、二人は解放されたのだった。

 別れ際、少女は男性に声をかけた。

「あの、お名前を教えてください」

「ん? ははは、名乗るほどの物じゃねえよ。じゃあ、気をつけて帰れよ」

 男性は先刻までの殺気はどこへやら、朗らかな笑顔で手を振る。

 そんな男性の去っていく背中を見送りながら、少女は自分の顔が熱くなっていくのを感じていた。

 少女――武村真理愛は恋に落ちたのだった。

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