第八章

第18話 さまよえるなま首

 ビイイイィィィイィィィィィィィィィィプッ ビイイィィィ……


 鎧を砕かれて、鎧下よろいしたのワシがらキルティング服を見せる男――ワシの外界人ストレンジャーは、無言で遠ざかるバンダナを巻いた男に、大あわてで呼びかけました。


「お、おい、どこへ行くんだ!? あまり離れるな!!」

「ションベンだよ……」


 木の葉が虫に食われたようなバンダナがらの服を着て、頭に巻いたバンダナから茶髪を垂らすその男――バンダナの外界人ストレンジャーは、うんざりと返して、草やぶへ消えていきました。


 外界人ストレンジャーたちは感づいていました――木霊兎グリーンヘアたちがこの広大無辺の大森林で、方法はわからずとも自分たちを探しあてていることに。

 そのためふたりは、木霊兎グリーンヘアの戦力分散に、おとり役をやらされていました。


 *


 ビイィイィイイィィィィィィィプッ ビイィィィイイィィィ……


 バンダナの外界人ストレンジャーは、木陰でズボンを下ろし、ジョボジョボと野花に水やりを始めました。


「……ったく、なんで俺が、手負いのお守りなんぞ――」


 ひとりグチるバンダナの外界人ストレンジャーの後ろで、緑髪の人影が跳ねました。


 人影は、緑の巻き毛を暴れさせながら電光石火に駆け、勢いのまま槍を突きだしました。


 あごを引いてうつむくバンダナの外界人ストレンジャーは、背中の衝撃に胸をそらしました。

 バンダナの下で目を見ひらき味わう驚愕きょうがくの時は、つかの間に終わりました。眺める胸もとに現れた血濡れの刃が、槍の穂さきであることに理解がおよぶ前に、バンダナの外界人ストレンジャーは、ガクリとこと切れました。


 *


 ビイイィイイィィィィイィィィィィプッッ ビイィイイィィ……


 ワシの外界人ストレンジャーは、冷や汗をかいていました。それは破れたマントでささえる、折れた腕の痛みが、理由だけではありませんでした。かんに障る鳥の叫喚と、見通しのきかない密林が、何か不吉な予感をもたらしているからでした。


 ワシの外界人ストレンジャーは、立ち木を背にしながら座っていました。右に、左に、はたかれるように首を振って、おびえながら警戒していました。すると正面遠く、草やぶの向こうにを見つけました。


 ワシの外界人ストレンジャーが目を凝らすと、輝きは刹那にふくれ、閃光が胸を貫きました――ワシの外界人ストレンジャーの胸を串刺しにして、槍は立ち木に突きたちました。


 樹下じゅかしかばねへ、木霊兎グリーンヘアの青年が歩みよりました。

 荒れくるう緑の巻き毛に手ぐしをかける青年――ブバホッドは、しかばねに足をかけ、槍を引きぬきながらつぶやきました。


「こっちは、おとりかな……あっちは、どうなったろうか……」


 ***


 アトロゥは、短剣のつかを噛みしめました。首の切り口からのばした木ぎれを大地に刺しさし、クモのようにって進みました。


 ……早く新しい体を、見つけねぇと――……


 アトロゥは、肺臓はいぞうを失い、鳴らなくなった声帯をうごめかせ、うめきました。


 アトロゥは、半分が不思議な力を持つ樹、半分がただの動物――それが渾然一体こんぜんいったいとなったなま首でした。樹の増殖はできても、肉の増殖はできず、動物としての生命活動を絶たれ、しおれはじめていました。老齢のしわはさらに彫りを増し、旱魃かんばつのひびのようでした。草色の髪はあせて、はげ上がった脳天までも、死の荒野に変えていました。


 森をうアトロゥは、死告鳥ティットトットの群れを見とめました。首のわからないまん丸で、そもそも人の頭だいしかない死告鳥ティットトットでは、アトロゥの体には足りませんでした。


 通りすぎようとしたアトロゥの目の端に、映るものがありました。ティットトットの群がる中心に、折れた鉄槌とともにあぐらをかく、外界人ストレンジャーがいました。外界人ストレンジャーはさんざんについばまれ、肉塊と化していました。


 ……どいつも、こいつも、役たたずどもが!!……


 アトロゥは、乾いて真っ赤に血ばしった目をギョロつかせました。


 ……ブタでも、シカでもいい――早くしねぇと、枯れっちまう!……


 半死人アトロゥの生きのこる道は、満足な体を手にいれるか、あるいは大地に根を下ろし、ただの木になるか――ふたつにひとつなのでした。


 アトロゥは我知らず、木立こだちのアーチに導かれていました。踊るようにねじれた木々が、そのふしくれだった指さきでいざない、道を示していました――生に追いすがる、なま首の行く末を。

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