第17話 バーバヤガーの宴

 プーカは、涙を噛みました。幼き日から、いつもパックにかばわれるばかりな自分に、ついに活躍の時が来たのだ――そう勇みました。


 しかし現実は、劣等感を恥ずかしめられたあげく、無様にい、うめいていました。

 そんな自分のふがいなさに、怒り、涙しました。心奥しんおうで、叫び、むせび、打ちふるえ――激情が戦慄わななきとなって、満身からあふれました。


 銀毛の外界人ストレンジャーは、目をむきました。プーカを押さえつけていた男の手が、自身の頭上へ掲げられました。手と手をからみあわせるように、枝が男の腕を跳ねあげました。


 プーカの指さきは天をさし、枝となって伸びました。足は根にうずもれ、嵐のようにうずまいてほとばしりました。

 なめらかな木肌きはだの幹が、プーカの素肌をいました。胸もとを抜けほおへと伝い、ワンピースをえりから引きさきました。伸びていく先で、小ぶりな楕円だえんの葉が青々と茂りました。

 小ぶりな楕円だえんの葉――『ゲッケイジュの葉』は、プーカの髪に冠をあしらいました。


 剛腕の女と黒額縁がくぶちの巨漢は、武器を抜きはなち背中を合わせました。ふたりの周囲を、女人にょにん似姿にすがたをとる樹が繁茂はんもしました。


 曲線美きょくせんびなまめかす乙女たちは、顔が粗雑にはがれ、ところどころ頭蓋ずがいがはみ出していました。頭に、腕に、背に、ゲッケイジュの枝葉えだはを着かざって、舞うように遊びたわむれていました。


「もう一匹いやがった!」


 アトロゥは吐きすてるように言って、プーカの樹を鋭くにらみました。


 ……人界じんかいを、果てから果てにさまよって、小耳にはさんだ森の怪。樹海の荒波乗りこえて、やっと見つけた我が分け身。しかして悪運極まれり、首がひとつに身はふたつ。ありあまっては手にあまり――……


 アトロゥはそんなことを考え、パックから目を離しました。


 乙女たちは忍んで、アトロゥの手の内のパックへ寄りそいました。パックのくちびるへ、乙女の人さし指がそっとあてがわれました――この逢瀬おうせが人目をはばかるものであると、静寂に伝えるかのようでした。


「ああっッ!?」


 アトロゥは、驚愕きょうがく苦悶くもんの声を上げました。目をやると、パックをつかむ腕が、三人の乙女にねじられていました。腕は潰れてグニャリと垂れて、パックは解放されました。乙女は、ぬいぐるみを可愛がるようにパックを抱え、連れさりました。


 乙女たちはほおづえをついて、アトロゥの足もとに待ちわびていました。たちまちアトロゥの、胸に、背中に、すがりつき、熱烈な抱擁ほうようで持てなしました。アトロゥは、がんじがらめで骨を砕かれ、なお肉を締めつけられました。


 それは一瞬の出来事で、アトロゥには、おのれの失態を悔やむ猶予ゆうよさえありませんでいた。残された唯一の自由は、短剣を握る片腕だけでした。首すじに刀身を押しあてると、ぼとりと頭が落ちました。


 *


 ワッピティは目を見はり、我知らず一歩前へ進みました。しかし目前の光景に逡巡しゅんじゅんし、立ちつくしました。


 大剣を奪われた元大剣の外界人ストレンジャーは、図らずもワッピティの踏みつけ拘束から解放されました。後ろ手に縛られながらも、頭を踏んばり立ちあがりました。そして男へ背中を見せるワッピティを、したたかに蹴りとばしました。


 ワッピティは、木々のから騒ぎに飲まれ、さかだちで揉みくちゃにされました。


 男はワッピティに向かい、口内の血に軽蔑を絡め「ペッ!」と吐いて飛ばしました。それから急ぎきびすを返すと、一目散に逃げだしました。


 ワッピティは樹の乙女に抱きとめられて、ほっぺたをはさまれ、枝指えだゆびでつっつかれていました。


 *


 そして、三人の外界人ストレンジャーが残されました。銀毛の男、剛腕の女、黒額縁がくぶちの巨漢――しかし、寂しがる必要はありませんでした。優美な乙女たちが、熱情的な愛撫あいぶで、彼らを歓待したのですから。


 乙女は、頭蓋ずがいがはみ出た顔をすり寄せ、銀毛の男の顔を抱きました。また別の乙女は、はがれかけの顔を男の胸板むないたへうずめ、その背に両腕を絡ませ抱きました。さらにまた別の乙女たちが、脚にすがり、腕にまとい、節操を見せず奪いあいました。

 色多き男の首は、ブチリブチリと音を立てました。さらには、脚がブチリ、腕がブチリ――乙女たちは、仲良くその寵愛ちょうあいを分けあいました。


 乙女たちは、剛腕の女へ集い、値踏みを始めました。女の爪さきを、足首を、ひざを、太ももを、腰を、肩を、ひじを、手のひらを――慎ましやかに若葉を飾ったしなやかな指が、なで、さすり、包み、絡んで――握りつぶしました。


 乙女は、黒額縁がくぶちの巨漢と、手を合わせ舞いおどっていました。男のステップは腹から下を失って、かわりに臓腑ぞうふを揺らしていました。


 乙女たちは、むき出された頭蓋ずがい――その無表情に、歓喜と、憤怒と、悲哀と、享楽きょうらくをたたえ、無言の姿態したいで愛の賛歌を歌いました。


 それは樹でした。しかし老婆のなりをして、森に巨体をそびやかしていました。


 老婆は裸身に木々を突きたて、頭頂は樹冠じゅかんに埋もれていました。

 枝葉えだはの帽子をかぶる老婆の顔には、頭の半分ほどを占める大きな鼻がついていました。鼻すじは山なりの稜線りょうせんを描き、先が垂れてとがっていました。大きすぎる鼻の両側――目のあるべき箇所かしょには、うろが深くうがたれていました。


 老婆はうなだれて、深淵しんえんの闇が、眼下の狂騒を眺めていました。


 木の葉が火の粉のように舞い、頭蓋ずがい陽炎かげろうのように揺れていました。

 枝葉えだはを飾った女人にょにんの群衆が、舞踏に酔いしれ、絡み、ほどけ、業火ごうかのようにプーカを取りまきました。

 プーカは両腕を木々に束縛されて、裂かれた布きれを肩から垂らし、裸体の半身をさらしていました。


 それは樹でした。しかしそのなりは、憐れな娘を内包し猛火となす、魔女の焚殺磔刑ふんさつたっけいのようでした。

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