第16話 迷子のプーカ

 プーカは、森をウロウロしていました。


「見うしなったというか、迷ったというかぁ……」


 プーカは、気慰みに野花をこづいていじめていました。ぼちぼち気を取りなおし、拍手かしわでを打って、手のひらを合わせたまま言いました。


「困ったときには!」


 合わせた指を交差して結び、天を仰いでつぶやきました。


「……なんじゃもんじゃ様、その賢明なる指さきで、道なきに道をお示しください……」


 目をつむるプーカの背後に、のそり……のそり……と、四足の獣が歩みよりました。獣は、よじれた無数の樹で、頭と尻から伸びた枝が、豊かな葉を茂らせていました。


 樹の獣の背には男が腰かけ、尻ほどまで伸びた長い金髪をなびかせていました。金髪の間からのぞく男の瞳は、プーカへと向けられていました。まなざしは、憐憫れんびんと情愛を帯び――プーカは目を開け、ふり返りました。


 獣も男も霧消むしょうして、のどかな森がそこにありました。


 ありふれてかわり映えもしない、木、樹、木。ひとつとして同じ形のない、樹、木、樹――見わたすプーカの瞳の中で、踊るようにねじれた樹が景色から浮きだしました。

 その樹は、まばらな葉をまとった全身を、ひねりよじっていました。ふしくれだった枝さきまでねじれ、道を示す指さきのように突きだされていました。


「うん! あっち!……たぶん」


 枝の導きに運ばれて、あっちへフラフラ、こっちでブラブラ。鼻歌まじりの放浪は、やがてその場所へいたりました。


「……はてさて、なんとも修羅場しゅらばな崖っぷちなぁ……」


 プーカは草やぶにひそみ、木々の向こうを間遠まどおにうかがっていました。パックが首をつられ、ずきんの男が何やら演説にふけっていました。


「……ついに、私の出番かぁぁぁ……!」


 プーカは小声で決意を表明し、面前に固めたこぶしが武者震むしゃぶるいしました。


 そんなプーカの背中を、剛腕の女、銀毛の男、黒額縁がくぶちの巨漢――三人の外界人ストレンジャーが、間近に見つめていました。


 ***


「待ちなっ!!」


 パックとアトロゥをはさんで、剛腕の外界人ストレンジャーはワッピティに叫びました。


「おい、メス餓鬼ゴブリン!! その男を放しな!! こいつと交換にしてやるよ!!」


 剛腕の女、銀毛の男、黒額縁がくぶちの巨漢――三人の大柄な外界人ストレンジャーに囲まれて、小さな木霊兎グリーンヘアが後ろ手に縛られていました。


 ワッピティは苦虫をかんで、小さく叫びました。


「……プーカ! 来んなってのにっ!」


 小さな木霊兎グリーンヘア――プーカはほおを腫らし、ひたいに血をにじませていました。


 剛腕の女は、プーカのあごを掲げるように、ほおをつかんでいました。プーカは首を振って逃れ、その手へしたたかに噛みつきました。

 剛腕の女は声にならない叫びを上げ、息を詰まらせて白目をむきました。


 銀毛の男は、薄ら笑いをにわかに豹変させました。鬼の形相ぎょうそうでプーカの脳天をワシづかみ、地面へなするように叩きつけました。男はそのまま覆いかぶさり、プーカのしおれ耳へ顔をよせ、ささやきました。


「……まぁ、おとなしくしやがれって……あとでたっぷり可愛がってやるからよ……」


 銀毛の男はふたたび表情を一変し、目をむいて笑みをこぼしました。そしてプーカのしおれ耳をべろりとひとなめして、食いちぎらんばかりに噛みつきました。

 押さえつけられるプーカの嗚咽おえつじみた悲鳴が、大地にくぐもって響きました。


 アトロゥは、一連の光景を冷めた目で眺め、うんざりと舌うちしてつぶやきました。


「……観客が多すぎるぜ。泣きどころは、安くさらすもんじゃねぇんだよ」


 パックは頭をつかまれたまま、泡を吹いていました。白目をむいて、微動だにしませんでした。

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