第七章

第15話 ストレンジャーズ

 五人の外界人ストレンジャーは、アトロゥから離れ、木々の間の細道をうろついていました。


 先頭を行く剛腕の女が、ともに先頭を行く銀毛の男に呼びかけました。


「ねぇ、アトロゥのやつ、あんなガタイよかったっけ?」


 銀毛の男は、相変わらずの薄ら笑いで答えました。


「さぁ? 野郎の体になんぞ、興味ねぇよ」


 三番手を行く黒額縁がくぶちの男は、無言で悠然と闊歩かっぽし、四番手の大剣の男は、慎重に周囲を警戒していました。


 そして、しんがりの人面鉄槌の女は歩みを止め、ひとりつぶやき始めました。


「……ん、もぅ。ダーリンったら、お顔に餓鬼汁ゴブリンじる飛ばして、はしたないんだから……」


 ダーリンこと人面鉄球を、手近の葉っぱでなで回し、息を「ほー……」――ふたたび磨きこすって「ほー……」――何度かくり返すと、鉄球は景色を映ずるほどに輝きました。


 女は鉄球に映りこむ自身を、顔をすまして見つめかえしました。しばし見ほれていると、帽子のつばのふちから、――女は猛然とふり向き、襲撃に備え、鉄槌を横手に掲げました。


 したたか打ちあって、三つの音を共鳴し響かせました――斧の木柄もくえが砕ける音。鉄槌の金柄かなえが、くの字に折れる音。そして、重厚なはがねにかち割られる頭蓋ずがいの音。


 折れた鉄槌の女ははがね鶏冠とさかを飾り、背後の立ち木にはじき飛ばされました。斧が幹に刺さり、女はあぐらをかいて座りました。


 樹下じゅかへ静かにうなだれる鉄槌の女へ、近づく者がありました。ふたつ結いの緑髪の娘が、折れた鉄槌の女を見おろしました。しびれた手をさすりながら、ひとりつぶやきました。


「……いちち……えと、心臓潰しとくんだっけ? 乗っとられないように」


 木霊兎グリーンヘアの娘は、人面鉄槌の外界人ストレンジャーをまさぐり、冒険者の必需品を拝借しました。それを外界人ストレンジャーの胸に押しあて、言いました。


「あんたのナイフ、使っちゃうよーっと……」


 そんな様子を、木々をはさんで、うかがう者がありました。身のたけに迫る大剣を背に帯びた、黒髪の男――大剣の外界人ストレンジャーは、大剣のつかへ手をのばしました。

 大剣の外界人ストレンジャーは木の陰から、横顔で木霊兎グリーンヘアをにらみつけました。つかは、しっかと握られ、刀身は勇壮に抜きはなたれました。


 ***


「……接ぎ木って知ってるか? 木をチョン切ってな、別の木を挿しこむと、ひっついてひとつの木になるのさ……」


 アトロゥは、もはや意識切れぎれのパックに顔をよせ、自身をらすように語りあげていました。あまりにも首尾よく、ことを運んだ木霊兎グリーンヘアボガートの肉体に、離れがたい思いをいだいていました。


「……さすがに同族は、首なじみがいいぜ。しかしこの体じゃあ、樹の力は使えねぇ。俺の種から育った、代用が必要なんだよ……」


 アトロゥは自身の首をなでつつ、短剣を構えました。


 短剣は、木彫りの飾り物のようでした。ほどこされた精緻せいちな細工は、無数のカケによってとぎれ、またとぎれ――経年けいねん創痕そうこんに、意匠いしょうは消えかけていました。木の諸刃もろはもこぼれ、見る者に刃物の脅威を感じさせるものではありませんでした。


 アトロゥは何に対してか、名残惜しむような口ぶりで言いました。


「……返してくれるよな。俺の予備だぜ……」


 アトロゥの片手が、パックの脳天をつかみました。もう一方の手に握られた短剣の刃が、パックの首すじに触れたその時でした。


「待ちなっ!!」


 アトロゥの手を止めたその声は、いつくばる黒髪の男の上から発せられました。


 黒髪の外界人ストレンジャーは、後ろ手に縛られていました。こぶと青たんで変形した顔面は、さらに踏みつけられ、地面になすられていました。眼前には、かつてその男の象徴であった大剣が、地面に突きたっていました。


「まったく、ブバホッドが心配するから来てみれば! 独断専行せんこうでこれじゃ世話ないよ、パック!」


 奪った大剣を突きたて、外界人ストレンジャーを踏み台にいきりたつのは、ふたつ結いの緑髪の娘――木霊兎グリーンヘアワッピティでした。


「おい、ずきん男!! そいつを放しな!! こいつと交換にしてやるよ!!」


 ワッピティはそう言って、踏みつける頭へさらにグリグリと、裸足はだしをねじり込みました。


「いらねぇよ、そんなもん」


 にべもなく言いすてたアトロゥに、ワッピティは目をしばたたき、口をパクパクしました。


 しかしそれもつかの間、新たな声が響きました。


「待ちなっ!!」

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