第14話 必死の追走

 ビイイィィィィイィィィィィィプッ ビイイイィィイィ…………


「……体はボガートってわけかよ!……早いなっ!」


 アトロゥを追いかけながら、ひとりグチるパックは必死でした。


 木霊兎グリーンヘアは、並の外界人ストレンジャーを上まわる、高い身体能力を持っていました。その中でも、アトロゥの今の体――ボガートは、指折りの強靭きょうじんさをほこっていました。

 ボガートの体を使い木々を飛びはねるアトロゥは、枝上しじょうにおいてさえ脱兎のごとくでした。


 でっ腹を汗みどろに弾ませるパックは、見うしないかけながらも、なんとか追いかけました。


 ビイイイイイィィイィィィィィィィプッッ ビイイィィ…………


 突然パックは右足に強い衝撃を受け、急停止をしいられました。たちまち体は跳ねあがり、落ち葉を巻きあげ天地が転倒しました――くくり罠が、パックを右足から一本釣りにしました。

 パックは木の葉を舞いあげ、さかさまの宙づりで目を回しました。


 アトロゥは、息も絶えだえで、木にもたれました。崩れるように座りこむと、パックを見て言いました。


「ゼェゼェ……マヌケが……チョイとおちょくってやりゃあ……ノコノコついて来やがるぜ……ハァハァ……よし……てめぇら顔だけ狙えよ、顔だけな……」


 木々の陰から、五人の外界人ストレンジャーが現れ、パックに近づいていきました。


 ビイィィイィィィイイイィィィィィプッッ ビイィイィ…………


 必死のパックは、死告鳥ティットトットの忠告もなおざりに、まんまと誘われ踏みいったのでした――アトロゥ一味が設置した、無数のくくり罠地帯へと。


 正気を取りもどしたパックがもがくと、くくり罠は自重でさらに締めつけ、足首を固く縛りました。あがくには時すでに遅し、外界人ストレンジャーの女がひとり、目前にありました。


 女は赤髪で、つば広の三角帽子をかぶり、尻まであるケープの内にビスチェとチュチュを着ていました。杖のようにつく長柄ながえのついた鉄球には、穴と溝によって人面がうがたれていました。


 なんともふざけた格好の女外界人ストレンジャーは、人面鉄球へねっとりと接吻せっぷんをささげました。

 人面鉄槌へほおよせる女の、瞳孔の開いた三白眼さんぱくがんがジロリと動き、下目にパックを見すえました。


 鉄槌の接吻せっぷんは、パックの横面よこつらへささげられ情熱的にめり込み、意識を飛ばしました。 


 *


 パックは、さんざんになぶられたのち、さかさづりから首つりに変えられました。腫れあがった顔は、うっ血でさらに赤くなりました。


 アトロゥは、もがくパックをこづきながら、愉快そうに言いました。


「よしよし、てめえらはもういい。そこらの哨戒しょうかいでもしていろ」


 そう言われたのは、五人の外界人ストレンジャーでした。


 ひとりは先ほどの、人面鉄槌の女でした。


 ひとりはかなりの大柄な男でした。はだけた革のジャケットは、飾りけに襟袖えりそでが返って、裏地の短毛を見せていました。黒髪のもみあげが黒ひげと繋がって、顔に黒い額縁がくぶちをつくる、黒額縁がくぶちの巨漢でした。


 ひとりはがっしりとした長身の男でした。縮れた銀髪の頭に、薄ら笑いが張りついていました。そでなし服のえりもとは、銀の獣毛で飾りたてられていました。下腕かわんを覆うアームガードの両端も、銀の獣毛で飾りたてる、銀毛の男でした。


 あとのふたりは、パックの力を知る、剛腕の女と大剣の男でした。


 大剣の男が、パックを縛るために使った縄を手にして、アトロゥに尋ねました。


「こんなんで、抑えられるのかよ? こいつ変身――」

「とっとと散れっ!!」


 アトロゥの怒号に、しぶしぶ、ヤレヤレ、無言、むっつり、うわの空――五者五様の反応を示し、木々の向こうへと立ちさりました。


 アトロゥはふり向き、グイとパックの鼻さきへ顔をよせました。パックは蹴りを入れようと、横一文字に脚を振りました。


「ひゃあ!」


 アトロゥはふざけた調子でかわし、脚がくうを切りました。首の縄はさらに締めあがり、パックの顔は赤から青へと変わりました。


「ぐぇ……ぇ……」


 呻吟しんぎんするパックの耳に、そっと顔をよせたアトロゥはささやきました。


「……その体の弱点は、よく知ってるぜ。大地に根を下ろし、養分を吸わなきゃ、枝葉えだはは伸ばせねぇだろう? よくよく用心しなきゃあ、寝首をかかれるぜ……」

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