第六章

第13話 怒れるパック

 パックは、崖のへりに引っかけた倒木をよじのぼりました。


 赤いずきんの男は離れて腰を下ろし、薄ら笑いでパックの様子を見まもっていました。


 パックは、男のギョロリとした半月型の目と、しかめっ面の悪人相に見覚えを感じました。そしてそれが、自身の顔であったことに気づきました。

 嫌悪、憤まん、悲嘆、そして諦観ていかん――うずまく感情を、踏みくだくように一歩鳴らして、パックはずきんの男をにらみました。


 ずきんの男は、あせるように立ちあがりました。


「待て、待て! 話しがしたいんだよ!」


 ずきんの男はそう言いながら、ボガートの美術品のような体躯たいくを、ガニ股にたたみ、両の手のひらを突きだしてパックを制しました。


「いきなりで信じられんだろうが、お前は俺の息子なんだよ! お前のことを聞いて、待っていたんぜ! せっかく会えたんだ、話をしようじゃないか!」


 しらじらしいずきんの男の言葉に、パックは青すじを立てて返しました。


「よく言うぜ! 外界人ストレンジャーとつるんで、同族狩りがよ!」

「ち、違う! 襲われたんだよ!! それで仕方なく、ああ……体を拝借させてもらったのさ……」


 頭を抱え、自身を抱き――ずきんの男は、大げさな身ぶり手ぶりで心痛を表現しました。


「……そんなつまらんことより、親子の語らいをしようじゃないか」


 ずきんの男は、急にそっけなく言いはなちました。するとまた態度を変え、今度は芝居けたっぷりに続けました。


「……お前の母さんは、とびきりのベッピンさんだったけなぁ……種族なんて関係ない、俺は美しいモノに目がないんだ……俺と母さんはそりゃあ、深く、深ぁーく愛しあっていたんだぜ? その愛の結晶が、お前なのさ……」


 ずきんの男は、びるように話し、へつらうように尋ねました。


「……なぁ、お前の名前はなんてんだ?」


 パックは憤怒の表情を崩さぬまま、問いを無視して言葉を返しました。


「……名前はなんだ」

「あ? あぁ、俺はアトロゥだよ。お前は――」

「母さんの名前だよ……覚えてるだろ、愛してたんなら」

「あぁ? あぁ! もちろんさ! あれは確か……あー、えーと……」


 アトロゥと名のった男は、赤い山折れずきんを整えました。にやけ顔を見せつけ、声高になって続けました。


「そうだ、そうだ、ハーミアだ! あ、いや、ヘレナだったか……ヒポリタ? フィリダ? あー、そう!! そうだ、ニックボトムだ!! そうだろ!? 違うかっ!!」


 はしゃぐアトロゥにも動ぜず、パックは嵐の前のような神妙さで、言葉を発しました。


「……母さんが言ってたぜ。アトロゥは、さらった女をはらませちゃ、産まれた子供の首を落としていたってな」


 パックの脚は変容していました。筋肉が十倍にふくれたかのように、パックの脚を取りまく無数の根が、大地に潜りこんでいました。


 アトロゥの足もとで、土がモゾモゾとわずかに盛りあがりました。


 パックは話を続けました。


「そんな奴いるもんかなと思ってたけど……」


 パックの話を聞くアトロゥは、にやけ顔でした。パックの言葉がとぎれ、訪れた静寂は一瞬に終わりを告げました。アトロゥのにやけ顔が、さらに裂けるほど広がりしました。


 いかずちが、天に落ちたかのようでした。大地が割れ、幾多の樹が破裂するように噴出しました。樹はナラの葉を飾り、人の似姿にすがたをとっていました。歪曲わいきょくした顔面と異常な痩身そうしんが、冥府めいふの亡者のようでした。


 アトロゥは大地を蹴り、宙にありました。亡者たちは、天垂あまたれる慈悲の一糸に群がるように、アトロゥへ襲いかかりました。アトロゥは、枝に手をかけ、幹に足をかけ、周囲の木々を跳ねて高木こうぼくの高みへと逃れました。


 アトロゥは枝にとまり見おろすと、パックめがけて「あっかんべー!」を投げおとしました。パックは、苦虫を潰して見あげました。


 亡者たちは、高木こうぼくを根こそぎにしながら、枝上しじょうのアトロゥへ迫りました。


 アトロゥは背中を見せると、傾いた足場から飛びうつりました。腰の背には短剣が帯びられ、飛びながらに抜きはなたれました。そのまま体をねじって反動でふり抜き、背後の亡者に一刀いっとうを浴びせました。

 腕、手首、頭――そんななりの木片が、葉っぱとともに宙を舞いました。その切り口は鋭くなめらかで、パックの目に反射光が刺さりました。


 アトロゥは、新たな木の枝に到達しました。パックに向きなおると、口の端をゆがませて喚きたてました。


「まったく、母さん譲りのとんだ悪タレに育ったもんだ!! それとも反抗期かい、坊や!? ギャハハハハハハハハ!!」


 悪罵あくばいきまいて、ふたたび背中を見せました。アトロゥは枝から枝へ、軽やかに飛びうつり、遠ざかっていきました。


「待ちやがれ!!」


 制止の声はなしのつぶてに、パックは足を大地から引きぬき、追走を始めました。

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