第12話 森の麗人

 パックは、なんじゃもんじゃめがけて進みました。しかし時々刻々じじこくこくなりを変え、動きまわるそれをやがて見うしない、出会うことはありませんでした――そして、因縁いんねんの時は来ました。


 パックと背中のオシアンが見あげる崖の上、そこにその男はいました。崖の端に片足をかけて、悠々笑みを浮かべ、ふたりを見おろしていました。


 老齢に深くしわを刻んだ頭と、みずみずしく張りを見せる筋骨隆々りゅうりゅう体躯たいく――不均整な組みあわせの継ぎ目は、赤いずきんによって隠されていました。


「……パック、降ろせ」


 オシアンはパックの背から降りて、言葉を続けました。


彼奴きゃつをなんじゃもんじゃまで、誘導してくれ。頼んだぞ」


 そう言うなり、くるりときびすを返して歩きだしました。パックは、あわてて呼びかけました。


「おい、どこ行くんだよ?」

「策があると、言ったろう……」


 歩みをやめないオシアンに、パックはさらにあわてふためいて言いました。


「な、なんじゃもんじゃなんて、どこにいるんだよ!」

「そこらにいるさ、この森の中に……」


 頭上のかたきとの両天秤てんびんにあせるパックをなおざりに、オシアンはすたすた草やぶへとわけ入っていきました。


「俺が始末しちまっても、知らねーぞ!」

「そうは、いかんさ。君は父君に似て、お情け持ちだからな……」


 オシアンが消えると、崖の上の男の姿も見えなくなっていました。パックはぼう然としましたが、すぐに気を取りなおして言いました。


「……ったく、なるようになれってか!」


 パックは自分へ喝を入れると、崖の登攀とうはんのため、大地へ根を張りました。


 ***


「ねぇ! パックたち、どーすんの!」


 ワッピティは、走りながら尋ねました。ブバホッドは、走りながら答えました。


「とりあえず、外界人ストレンジャーの様子を見て、待とう!」


 深い木々の間、ケモノ道を裸足はだしで蹴って、ふたりは颯爽さっそうと駆けぬけました。ワッピティのふたつ束ねの髪が兎のように跳ね、ブバホッドの巻き毛は嵐のように荒れくるっていました。


 ぶかぶかパーカーの娘と、ぴっちりベストの青年――無礼と慇懃いんぎん、チグハグなちのふたりは、突如とつじょ足並みをそろえて急停止しました。


 ワッピティとブバホッドの視界に飛びこんだのは、見目うるわしき裸身の乙女でした。森深きに似つかわぬ無防備でキテレツな姿に、ふたりは言葉を失って、くぎづけになりました。


 裸身の乙女の髪は、亜麻色あまいろの金毛でした。豊かな金髪は恥じらうように、娘の一糸まとわぬ白肌を、ベールとなって淑やかに包んでいました。金髪は、緩やかな清流のように大地へこぼれ、川を敷きました。


 黄金の川は、荒波となりさかまきました。天へと落ちてくうを伝い、幾多の支流はしぶくように葉をたたえていました。

 賑わいあふれる葉は、手のひらのように五指をつくる、『イチジクの葉』でした。


 ブバホッドとワッピティがあっけにとられていると、金髪の乙女のまなざしが虚空を捉え、両手が宙をかきました。娘はのそりときびすを返し、ふたりに背中を向けました。


 ブバホッドもワッピティも、体をこわばらせ口をあんぐり開けて、遠ざかる姿をぼう然と見おくりました。


 ワッピティは、やっと呼吸を取りもどし言いました。


「……な、何アレ?」


 ブバホッドは、冷や汗を拭いました。消えた娘の足跡そくせきに、ポツリポツリと生えた幼木ようぼくを見ながら、返事をしました。


「……なんじゃもんじゃかなぁ……ずいぶん小さいけど……」


 ワッピティは辺りを見わたし、しばし耳をすましました。枝葉えだはと鳥獣が、遠慮がちにざわめいていました。


「……まぁ、死告鳥ティットトットも騒いでないし、どーでもいっかぁ?」


 そう言ってワッピティは気を取りなおし、呼びかけました。


「さあ行こ、ブバホッド!」

「うん……」


 ブバホッドはなま返事をして、金髪の乙女の消えた先を見つめつづけていました。

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