第五章

第11話 ティットトットのさえずり

 パック、オシアン、ブバホッド、ワッピティ――四人は、森の小山の頂にいました。

 小山の頂で、パックがつくり出したその樹は、岩塊のような根もとから、うねうねと幹をくねらせ、絡ませ、中空にそびえました。


 巨大樹きょだいじゅの切っ先のとまり木に、ブバホッドとワッピティがいました。ふたりは、ぴんと張った大耳の後ろに手のひらで覆いをかけ、彼方のさえずりに耳をすましました。


 ……ビィィィィィ…… ……ビィィィィィィ……ィィィプッ…… 


 死告鳥ティットトットは、見なれない人間を警戒し、鳴きわめく野鳥です。木霊兎グリーンヘアはそのさえずりから、外界人ストレンジャーの位置を推定するのです。

 死告鳥ティットトットにとって、人間は好みの食餌しょくじでした。木霊兎グリーンヘアの外敵である外界人ストレンジャーを、死告鳥ティットトットが見つけ、木霊兎グリーンヘアが狩り、死告鳥ティットトットが食べる――わば両者は、共生関係にありました。


 ……ビィィィィィィィィプッ…… ……ビィィィィ……ィィ……


「……うーん、ふた組いるかな」


 つぶやいたワッピティの眼下には、起伏激しく、遥かに密林が広がっていました。


 彼方に見ゆる大樹たいじゅは、ウシが回す水車のかいた流れにロバが帆を張るニワトリの船を漕ぎだすかたわらに天使が溺れているような枝をしお吹くクジラのなりをして、樹海を遊泳していました。


 降りて来たブバホッドとワッピティに、オシアンが尋ねました。


「なんじゃもんじゃがいる方は、どっちだ?」

「東側だね。どっちから狩る?」


 そう答えたワッピティの問いには、ブバホッドが答えました。


「なんじゃもんじゃは、厄介になるかもしれない。西側から片づけよう」


 各々の武器を拾って、先へ進もうとするブバホッドとワッピティに、オシアンが呼びかけました。


「君たちは、先行しろ。僕はパックに話がある」


 ワッピティは、薄笑いで返しました。


「おじいちゃん、疲れちゃったぁ?」


 ブバホッドは、気遣わしげに明るく言いました。


「お話が終わるまで、お待ちしますよ」

「いいから、先に行け! グズグズしていると、彼奴きゃつに逃げられるじゃないか!」


 オシアンは、口角泡飛ばしてどなりました。


「僕たちはすぐに追いつく!! 早く行け!! そらそら!!」


 杖をふり回し、追いたてるオシアンに、ふたりはあきれて言いました。


「やっぱ、連れて来るんじゃなかったね!」

「君が言うなよ……」


 パックは、しぶしぶ走りさるふたりの背中を、オシアンとともに見おくりました。


「……で、なんだよ」


 尋ねたパックの両肩に、オシアンがつかみかかりました。


「……パック。僕と君たちとは、違う時の流れを生きているのだよ。君には分らんだろうが、僕はとっくに死んでいい歳なのさ。僕が今日こんにちまで生きながらえているのは、惨めったらしい我儘エゴなんだよ……だからこそ、これは運命なんだ……! このみすぼらしい老体を、役だてるときが来たのさ! 彼奴きゃつへ! あの外道鬼畜げどうきちくへ!! あの朽ちかけの老いぼれへ!! 後悔と絶望をくれてやるのさ!!」


 オシアンの言葉が進むにつれ、パックはガクガクと揺さぶられ、目を回しかけました。


「……あ、あぁ。そんじゃ、とっとと――」

「それから、プーカに伝えてやってくれ……君の母君はな……いつだって君を想い、見まもっているのだと……」


 パックは、急に解きはなたれたました。頭をさすりながら、改めてオシアンを見ました。

 はげ上がった頭に、しわだらけの顔。杖にようやくすがる、曲がった腰。そでがまくれた腕も、大きすぎるシャツからのぞく胸板むないたも、骨に皮をかぶせたようにダブついたやせぎすで――パックは、こみあげてくるわびしさをふり払って言いました。


「……わかったから、とっとと行こうぜ。逃げられちまうんだろ」


 パックは「どっこいしょ」と、オシアンをおんぶしました。するとオシアンは、勢いを取りもどして杖を突きだし、声を張りあげました。


「さて! おそらくアトロゥがいるのは、東のなんじゃもんじゃの方だ! さあ、パック! それ行け!!」


 パックはあわてて訂正しました。


「ブバホッドたちが向かったのは、そっちじゃないだろ!」


 オシアンはパックの角枝つのえだにつかみかかり、杖で首をギュウギュウ締めあげました。


「グズグズしていると日が暮れて、君はあのやかましい鳥ともども、寝ちまうだろうに!! それ行けパック!! それ行け!!」


 しかめっ面にあぶら汗を伝わすパックは、オシアンの気迫に押され、結局言いなりに進みました。


 そんなふたりの様子を陰からうかがい、あとをつける者がありました。ショートヘアから垂れ耳をはみだす木霊兎グリーンヘアの娘――プーカでした。

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