第8話 オーガの肉体

 のっぽの外界人ストレンジャーは、丸裸にされていました。男の死肉に、ドクロ模様の鳥が群がっていました。片手の指ではおさまらぬ数のうごめくドクロが、臓腑ぞうふを引きだし、むさぼっていました。


 そのかたわらでは鬼神オーガが、外界人ストレンジャーからはいだ身ぐるみを検分していました。


「戦利品はどうかしら、ボガート?」


 そう呼びかけたのは、さきほどの妖婦ニンフ。水辺で濡れた体を乾かしながら、緑髪を編み、身支度を整えていました。


 ボガートと呼ばれた鬼神オーガが答えました。


「いつも通りさ。シケたもんよ」


 ボガートは、首のとれかけた外界人ストレンジャーのおいはぎに取りかかりながら続けました。


「なぁ、フェノゼリー。あのやり方は、俺の趣味じゃねぇよ。外界人ストレンジャーなんぞに拝ませるには、もったいねぇぜ!」


 おとりとして、最愛の者を裸身をさらす――いつもの手管てくだに、ボガートは不満と嫉妬しっとをあらわにしました。フェノゼリーと呼ばれた妖婦ニンフは、優越感を込めて答えました。


「野蛮人には、あのやり方が一番でしょ? それに、どうせすぐ死ぬんだし!」


 ボガートは身ぐるみをはいだ外界人ストレンジャーを、ゴロンと蹴りとばして言いました。


「ぜいたくな冥途めいどの土産だぜ!」


 転がったしかばねには、こちらもドクロ模様の鳥が群がってついばみはじめました。


「さてと……」


 つぶやいたボガートは、最後の獲物漁りへと向かいました。


 *


「あれ?」


 ボガートは、ずきんの男だったはずのものを見おろして、首をひねりました。

 胸もとに深くナイフの刺さったしかばねは、こと切れた当時のまま、マント姿で木へもたれていました。しかし足りないものがあり、ボガートは自問しました。


「……首、落としたっけか?」


 赤いずきんは見あたりませんでした。そこにあるはずの頭も、なめらかな切り口を見せ、首から消えうせていました。


 *


「まったく、妬かないの! あなたには、ちゃんと拝ませてあげてるでしょう?」


 フェノゼリーは、からかい口調でいいました。座ってくつろぎながら、ボガートがどんな反応を示すだろうと、期待に耳をそばだてました。しかし音沙汰おとさたはなく、しばらくしてれると立ちあがりました。


 身支度を終えたフェノゼリーは、肩ひものないタイトなワンピースをまとっていました。体の線はありありと、裸体に負けず劣らずの艶姿あですがたでした。豊かな緑髪はゆったりと編みこまれ、背中に揺れてくびれをなでました。


 フェノゼリーはジャケットをはおり、辺りを見わたしました。食事にいそしむ鳥たちがふた群ればかり。


「ボガート?」


 呼びかけども返事はなく、フェノゼリーは歩きだしました。ほどなく、草むらで足に当たるものがありました。


 見おろしたフェノゼリーの目に映るのは、彼女がよく知っている、そして探している者の横顔でした。その表情は、自身が胴から切りはなされたことへの驚愕きょうがくを示すばかりで、苦痛の色は見えませんでした――ボガートのなま首でした。 


 呼吸を忘れたフェノゼリーの背後から、下品にしゃがれた男のささやき声が耳うちしました。


「……それじゃあ、拝ませてくれよ」


 フェノゼリーは我を取りもどしました。とっさに服の隠しを探り、小ぶりの突剣を抜きはなって、ふり向きざまに突きだしました。刃は赤いずきんを引っかけ、しゃがれ声の頭をむき出しにしました。


 しゃがれ声の男は間髪入れず、突剣を持つ突きだされた手首をひねりあげました。


 フェノゼリーは突剣を取りおとし、背中を抱えられました。なま温かい吐息を首すじに感じたのも、つかの間でした。男が覆いかぶさって、フェノゼリーはあお向けに組みふせられました。


 フェノゼリーの面前に現れた醜怪しゅうかいな顔が、いやらしく笑みを含ませて言いました。


「ブタ面にしちゃあ、上等じゃねぇか」


 厚い眼窩がんかがひさしをつくるギョロ目が、フェノゼリーを値踏みしていました。

 ギョロ目のはまる顔は、一面に細かなしわと染みを幾重にも刻んでいました。目の端から伸びた幾条のしわが、コケたほおから垂れる幾条のひだにつながり、そのよわいが尋常でないことを物語っていました。


 さりとて奇妙なのは、両こめかみから生えた角でした。根もとで折れ、朽ちた切りかぶのようでした。折れ角は、はげ上がった頭部へ根とも血管とも知れないものを、放射状に走らせていました。


 そして、その男の耳はとがり、鼻はそり返り、肌は土色で、髪は草色でした。

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