第5話 そびえ立つオーク

 パックは母親に似ておとなしい気質でしたが、それ以上に無愛想で、朴念仁ぼくねんじんでもありました。また格別人相が悪く、奇妙な角も生えたパックに、関わろうとする者も多くはありませんでした。


 プーカは誰に似たのか、明るく無邪気なたちでした。その顔だちもパックとは異にして、愛らしさをたたえていました。しかし涙にむせぶ日も、少なくありませんでした。


 オベロンたち種族は、その長い耳と草色の髪をほこり、自身を『木霊兎グリーンヘア』と称していました。そんな彼らにとって、しおれ耳のプーカは嘲笑と軽蔑の対象となりました。


 ティタニアが逝去せいきょして間もない、ある日のことでした。パックは、木霊兎グリーンヘアの子らに冷やかされているプーカを見とめました。子供らしい陳腐ちんぷ罵言ばげんとともに、しおれ耳はつねられ、ひっぱられ、泣かされていました。

 それはさして珍しいことでもなく、パックは見て見ぬふりをするのが常でした。


 パックは、自身の由来を自覚していました。半分が外界人ストレンジャーであり、もう半分がその人を苦しめた者であることは、物心つくほどに受けいれ難いものになっていきました。

 パックは自身を否定し、他者に受けいれられようとも願わず、誰とも、プーカとさえ距離を置きました。だからこそ、その日は来たのかもしれません。


 いじめられるプーカの姿に、パックの底によどみ、溜まっていたおりが、せきを切って噴出しました――要はキレたのです。そして、次の刹那せつなでした。


 パックの角が伸びました。分岐し、ふしくれだち、芽が出て、葉となりました。足からは根が生え、のたうち、地面をえぐりました。

 パックの根もとから、太さまちまちの幹が伸び、体はうずもれ、無数にもつれあい、枝葉えだは繁茂はんもして――パックは大樹たいじゅとなりました。


 ***


 それは、ただの樹でした。しかし、恐れをいだく者、後ろ暗い者には、奇怪な妖鬼の威容いようをほこるのです。


 動転する剛腕の外界人ストレンジャーが言いました。


「変身したっ!?」


 さきほどまで餓鬼ゴブリンであった樹は、三本の幹で大地に根を張りました。三本の幹は、三角形の配置で内に湾曲わんきょくして、束ねられた箇所かしょに大きなこぶができていました。こぶは片角かたつののヒツジ顔をして、幹は胴体とふたつの腕のようでした。


 うろたえる大剣の外界人ストレンジャーが叫びました。


牛鬼オークだ!!」


 太い幹は筋肉のように、細い幹は血管のように、数多あまたの幹が絡みあって巨体をなしていました。隆々りゅうりゅうとした筋骨が、空を隠す樹冠じゅかんへとつながっていました。

 ヒツジ顔も、片角かたつのがぐりんと一回転して枝葉えだはをのばし、樹冠じゅかんの一部となりました。

 樹冠じゅかんをなす大径小径の枝々えだえだは、牛頭ごずの角にも、馬頭めずのたてがみにも――見る者しだいで、威容いようはいや増し、変化へんげするのでした。


 三人の外界人ストレンジャーは、『牛鬼オーク』と呼ばれた巨樹きょじゅをくぎづけに見あげ、おののくばかりでした。

 

 絶句していたワシの外界人ストレンジャーの足もとで、地面がモコリと盛りあがりました。新芽の葉っぱが、土を割って現れました。葉っぱはスクスクと、勢いは衰えず瞬く間に伸びました。


 ワシの外界人ストレンジャーたけに迫るまで伸びた樹は、人の似姿にすがたをとっていました。ただし出来が良いとは言いがたく、えぐれた腹に骨の浮きでた、やせぎすでした。すえられた頭は腐乱したようにゆがんで、脳天にナラの葉を二枚そえていました。

 やせぎすの胴から伸びる、脚とおぼしき二本の幹は、よじれて大地につながっていました。腕とおぼしき枝は、細く長すぎで身のたけ近くあり、ワシの外界人ストレンジャーって伝いました。


 やせぎすの樹は、スクスクと数を増やしました。ワシの外界人ストレンジャーが、我を取りもどしたときには、すでに遅し――背に、胸に、脚に、三本がすがりついて、体はがんじがらめでした。


 人は恐れによって、ただの木でさえ動く化け物と変えますが、その樹は確かに動きました。


 外界人ストレンジャーたちの眼前にそびえる牛鬼オークは、巨大な右腕を大地から引きぬき、ワシの外界人ストレンジャーへとさしのべました。巨大な腕の先には、巨大な指が三本――二本は左右下向きに、一本は上向きについていました。


 左下向きの指が、上向きの指を押さえつけ輪をつくり、ギリリと力が込められました。ついに臨界に達すると輪は崩壊し、弾きだされた上向きの指が――つまりは巨大なデコピンが、ワシの外界人ストレンジャーを直撃しました。


 *


「冗談じゃないよ!? 探してたってのはアレかい!?」


 そう言った剛腕の外界人ストレンジャーの肩には、ちぎれた鎧の残骸ざんがいと破れたマントを体にぶら下げる、ワシの外界人ストレンジャーがいました。息もたえだえ、引きずられるように抱えられ、ともに逃走していました。


 先頭をきって逃走中の大剣の外界人ストレンジャーが、平静をよそおった真顔に冷や汗を伝わせ言いました。


「ともかくも、他の連中と落ちあおう……アトロゥに報告だ」


 *


 ……ンメエエエエエェェェエエェェェェエェェェェェェ…………


 片角かたつののヒツジ顔に亀裂が入り、あごが外れるように樹のこぶが割れました。崩壊音を咆哮ほうこうのようにとどろかせ、亀裂は徐々に全身へとまわりました。巨樹きょじゅは枯れ、倒壊し、ドンガラガッシャンと木片の雨を降らせました。


 降りしきる木の雨の中、かさもささず悠々シャツにそでを通す、片枝角かたえだつの木霊兎グリーンヘア――パックがいました。

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