第二章

第4話 ゴブリンの森の冒険

「……ったく、辛気クセェんだよ」


 陰うつな森をかっ歩する男は、誰にともなく言いすてました。


 森を罵倒ばとうしたその男は、とめのない前合わせをベルトで締めた厚地の軽装で、いかにも冒険者ぜんとしていました。そして、身のたけに迫る大剣を背に帯び、黒髪を無造作に遊ばせる外界人ストレンジャーでした。


 大剣を背おう男――大剣の外界人ストレンジャーはふたたび口を開きました。


「それにしても、あのずきん野郎、信用できるのかね?」

「前金は貰ったんだし、適当にブラついてりゃいいさ。ところでさ――」


 そう答えた女は、くすんだ色の金髪からひたいと自信をむき出し、男勝りの体躯たいくで筋骨隆々りゅうりゅう。タイトなそでなし服と上腕まで覆うアームガードは筋肉で張り、あらわな肩は岩のようでした。


 筋骨隆々りゅうりゅうの女――剛腕の外界人ストレンジャーが語りかける取るに足らない話を、大剣の外界人ストレンジャーは気安く聞きながしていました。


 そんな彼らの耳を占領して会話を切ったのは、森をつんざく怪雑音でした。


 ビイイイィィイィイィィィィィィィィィィィィィィィィィプッッ


 それは、悪魔のホルンから鳴りわたる死の宣告――低い金属音が、にごり、よどんで、神経をさかなでする大轟音ごうおん

 奇怪な音にたぐり寄せられるふたりの視線が捉えたのは、さらにキテレツな生き物でした。


 ビイィィイイィィィィィイィィィィィィィィィィィィィィプッッ


 大剣の外界人ストレンジャーは、怪音をさえずるを見あげながら言いました。


「見ろよ! 木の上でなま首がうごめいてるぜ!」


 それは、人間の頭だいの白い球に、黒いまだらが入ってドクロのようでした。ドクロには、鉤爪かぎづめ、翼、尾羽が生えていました。それから大きな鋭いくちばしと、視点の定まらぬギョロ目もついていました。


 剛腕の外界人ストレンジャーは言いました。


「ただの鳥だろ、ブッサイクな!」


 そう言って、下品に笑いあうふたりの背後には、もうひとり男がいました。


 男はワシの意匠いしょうがほどこされた、マント付きの全身鎧を着ていました。ただし兜はなく、白髪と黒髪がしま模様をつくるオールバックの頭だけむき出して、森をうかがいにらんでいました。

 眉間のしわにワシ鼻がついたような、いかめしい顔のその男――ワシの外界人ストレンジャーは、ドクロ模様の鳥に目もくれませんでした。ほかのふたりとは視線の先をたがえたまま、跳ねあがったひげの下から口を開きました。


「……おや」


 深い木々を霧が包む、わびしき森の奥。人の立ち入りをいとう魔境のふちで、を見とめたのは、三人の外界人ストレンジャーでした。


 それは、少年のように見えました。


 ワシの外界人ストレンジャーは続けました。


「このような深山幽谷に、わっぱがポツリか」


 それは、裸足はだしで森にたたずんでいました。ボタンどめの半袖はんそでシャツははだけて、でべそのでっ腹がショートパンツをつっぱっていました。


 剛腕の外界人ストレンジャーが、ニヤリと言いました。


「そんな訳ないよねぇ?」


 それの耳は長くとがり、鼻は上向きにそり返って、短いボサボサ髪は草色、肌は土色をしていました。半月型のギョロ目が、外界人ストレンジャーたちを横目に見ていました。


 大剣の外界人ストレンジャーは、髪をかき上げながら言いました。


餓鬼ゴブリン一匹か。ちょろいな」


 ワシの外界人ストレンジャーが、冷淡に言いました。


「ホドホドにしておけよ。がくだる」


 剛腕の外界人ストレンジャーがうんざりと返しました。


「ちょっと連れあるくわけ? 邪魔クサい……」


 大剣の外界人ストレンジャーは、けだるい調子で言いました。


「さぁて、手加減できるかねぇー」


 餓鬼ゴブリンと呼ばれたそれは、外界人ストレンジャーたちへ体をはすにして右前を見せていましたが、おもむろに正面へ向きを変えました。


 外界人ストレンジャーたちは、森の枝葉えだはにまぎれていた、餓鬼ゴブリンの奇形に気づきました。餓鬼ゴブリンの左こめかみ辺りから、が生えてました。


 それが角ですらなく確かに枝であったのは、頭から伸びて分岐した先に、薄っぺらでふちがデタラメに波うった緑色――『ナラの葉』がついていたからでした。

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