第3話 ありし日の追憶

 その小さな女の子は、そでなしの肩にフリルのついたワンピースを着ていました。床にペタンと座りこみ、愛らしいふくれっ面が手鏡をのぞき込んでいました。女の子の小さな手に、その手鏡は大きすぎました。それでも一生懸命に片手でささえ、残った手で自身の耳をいじっていました。


 女の子は、指で耳の先をつまみ上げて放し、また耳の先をつまみ上げて放し――とくり返していました。そのたびに耳は、ピンと張ってテロンと垂れ、またピンと張ってテロンと垂れ――とくり返しました。


 意気消沈の女の子へ、かたわらに寄りそったネグリジェの娘が語りかけました。


「どうしたの、プーカ?」


 プーカと呼ばれた女の子は答えました。


「だって、私の耳ヘンなんだもん……」


 プーカの草色のショートヘアは、左右から耳さきを垂らしていました。耳は、肩のフリルの上で揺れていました。


 娘は、ニッコリとして言いました。


垂れ耳ロップイヤーのウサギさんみたいで、とってもかわいいわ。私の耳も、とがってないけどヘンかしら?」

「ママの耳はちいちゃくてかわいいけど、私のはヘンだもん……」


 髪色以外はプーカと同じショートヘアから、丸い耳をのぞかせる、ママと呼ばれた娘――ティタニアの青白い顔に、かすかに赤みがさしました。いじけるプーカの耳に優しく口づけをして、抱きよせながら言いました。


「プーカがどんなに嫌ったって、ママはプーカの耳とプーカが大好きよ」


 そんなふたりの背後へ、いつの間にやら片角かたつのの小さな男の子がくっついていました。ティタニアは、男の子をプーカとともに抱き、片角かたつのへ口づけをしていいました。


「私のかわいい一角獣ユニコーンさん。もちろんあなたも大好きよ、パック」


 ***


 そんな日から間もなく、ティタニアは早世そうせいしました。


 身重みおもの少女がひとり森をさまよい、子を産む。その負担は、少女のいたいけな心身をむしばんでいました。


 ティタニアは、いまわのきわに自身の生涯を想いかえしました。それは郷愁と苦痛を蘇らせるものでした。しかしその締めくくりが、オベロンと小さな子供たちの笑顔と涙であることに満足し、穏やかにほほえみました。


  ***


 それはありし日。


 オベロンはひざまずき、彼の前へさしだされたティタニアの両手を、すがるようにつかんで言いました。


「ティタニア、外界人ストレンジャーの里へ帰りたいかい? 僕は君のためだったら、なんだってするよ」


 ティタニアは、その親身でたどたどしい外界人ストレンジャー語を鼓膜こまくにいとおしく感じ、瞳をうるませて答えました。


「私のあるべきは、あなたとパックとプーカがいるここだけです。あなたたちとともにあることが、今の私のすべてです。ここをつい棲家すみかとできることが、私のこれまでが価値のあるものであり、険しくとも幸福への道のりであったことの証左しょうさなのです」


 ティタニアは、オベロンの手を握りなおし続けました。


「パックとプーカにはその出自しゅつじが、あの子たちみずからをさいなむ日が来るかもしれません。しかし世を恨まぬよう、己を憎まぬよう、私にくださった真心を、どうか変わらず子供たちへ。パックとプーカの内に、誠実な愛が育ちますように――」

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