第44話

 家に帰ると重のお母さんが出迎えた。


 腕には萌が抱かれてその横には手を繋ぐ重がいた。

 ワシは2人を抱いた。


「2人とも、おばあちゃんのように優しく見える」

「おじいちゃんにも似ているわ」


 奥からおばあちゃんが出て来てワシはショックを受けた。

 おばあちゃんは車いすに乗っていて頬がこけていた。

 ワシは焦った。

 もう、時間が無い。


 じゃが必死で冷静を装った。


「2人で、散歩にでも行こう」

「ええ、そうですね」


 おばあちゃんの車いすを後ろから押して2人で歩く。


「この森は前と変わらないのう」

「変わらない物もあります。でも役場はずいぶんを新しくなったんですよ」

「そうか、行ってみよう」


「いちごジャムのパンを作ったんですよ、帰ったら食べましょう」

「いちごジャムのパンとイチゴミルク、懐かしいのう」

「もう、私はおばあちゃんです。時成もおじいちゃんです」

「そうだのう」


「もう、修行に行かないでください」

「ああ、もう行かない。もう、どこにも行かない」


 違う、もう、これ以上出来る事が無い。

 村を回って家の前にたどり着くとおばあちゃんと向かい合った。


「時魔法を使わせて欲しい」

「今じゃなくても良いじゃないですか。長旅で疲れたでしょう?」

「今がいい、今でなければいかん」


「おじいちゃんは1度言ったら聞きませんからね」

「ああ、ワシはそういう人間じゃ」


 これが最後の望みとなる。


 両手を前に、おばあちゃんにかざした。


 高速で詠唱を始める。

 時魔法は発動までの速度が効果を左右する。

 今出来る最速で詠唱を行った。


「リバース!」


 巻き戻った時はたった10分31秒。

 アメリカでの最高記録が10分42秒。

 

「中に入って休みましょう」

「まだじゃ!」

「もう、いいんですよ」

「いや、詠唱のこことここを入れ替えればもっと早く発動できる。思いついた事があるんじゃ!」


 おばあちゃんに手をかざしてリバースを発動した。

 30分21秒、大幅にタイムを更新した。

 だがこれでは全然足りない。

 がくっと膝をついた。


「はあ、はあ、はあ、は、はははは、年には勝てんのう、次がラストじゃ」

「おじいちゃん、もうやめましょう」

「これがラストじゃ」


 残ったすべての魔力を込めてリバースを発動させる。

 30分01秒、さっきよりも、タイムが落ちている。


「ふー! ふー! ふー!」

「もう、いいんです」


 おばあちゃんがワシを抱きしめた。


「もう、そんなに悲しそうな顔はしないでください」

「か、悲しい顔に見えたかのう?」

「だっておじいちゃん、泣いているじゃないですか」

「あ、ああああ!」


 もう、おばあちゃんを、助けることが出来ない。

 ワシは震えていた。


「う、うううああああああああああああああああああああ!」


 ワシはおばあちゃんに抱き着いた。


「いいんです、もういいんです」

「離れたぐう、ないんんじゃあああ!」

「ええ、一緒に生きましょう、残された短い命、私が死ぬまで一緒にいてください」




 その後、しばらくしておばあちゃんは天国に旅立った。


 重、ワシは愚か者じゃ。

 愚かだからこそ時の賢者と呼ばれた。


 ワシはただの人間じゃ。

 回復魔法でも錬金術でも時魔法でも本当はばあちゃんを助けられない。

 途中から心の奥底では分かっておった。

 じゃが、認めたくなかった。


 家族との時を大切にすればよかった。

 ワシは何度も旅に出てその度に行かないでと止められた。

 正しかったのはおばあちゃんと母さんでワシが愚かで間違っていた。




 これが、おじいちゃんの人生。


 いつもニコニコしていたおじいちゃんがこんな苦しみを抱えていたのか。


 おじいちゃんが何であんなに健康にこだわるのかこれを読むまで分からなかった。


 俺が愚かだと言った意味を今まで分からなかった。


 


 最後のページをめくると最初と同じで大きな文字で書かれていた。


『重、命は時間じゃ。人がどう生きるか、その時間を自分で選択して生きていくのが命を使うという事じゃ』


 俺は、命を大事にしていたのか?

 俺はおじいちゃんのようになりたい。

 普段からそう言っていた。


 でも、そうじゃない。

 俺はおじいちゃんのようになりたいんじゃない。

 本当はおじいちゃんがいなくなったのが嫌だったんだ。

 おじいちゃんが死んだことを認めたくなかった。

 だから俺はおじいちゃんの死を無かったことにしようとした。


 俺はおじいちゃんと何も変わらない。

 リバースでおじいちゃんを生き返らせることが出来ると思って時魔法にこだわっていた。


 でも心の奥底では、本当は分かっていた。

 俺はおじいちゃんとは違う。

 おじいちゃんのように時魔法を使いこなす事は出来ない。

 俺は魔法の才能を半分しか受け継いでいない。


 毎日呪いを受けながらダンジョンに潜っていたのも同じだ。

 ダンジョンを最期まで踏破すればおじいちゃんを生き返らせることが出来るかもしれないと思っていた。

 でも、そんなのはただの噂話だ。


 俺は実家から出て、ゴミを放置したワンルームのアパートに住んできた。


 全く時間を大切にしていなかった。


 おじいちゃんと一緒だ。


 Aランクなんて本当はどうでもいい。

 俺はただ、おじいちゃんともう会えない事を認めるのが嫌だった。

 おじいちゃんが死んだことを無かった事にしたかっただけなんだ。


 人は老いて死ぬしある日突然人は死ぬ。

 そんなの当たり前の事だ。

 でも俺はその事から逃げて生きてきた。

 俺は逃げる事で強くなった。


 『重、大切な人と、大切な時間を分かち合って生きなさい』


 徐々に文字が乱れていく文章が終わる。

 そして空白が続く。

 日記帳を閉じて収納魔法にしまった。


 2階の部屋から靴も履かずに窓を開けて屋根に出た。


 オーラと魔力を循環させると周囲の魔力とオーラが今までよりもはっきりと見えた。

 自分の手を見るとやはりオーラと魔力が今までよりもよく見える。


 振り返って窓を見ると俺の両眼がうっすらと赤と青に輝き混ざり合っていく。


 そして両目が紫色に強く輝いた。


 俺とおじいちゃんは違う。

 これが本当の俺か。

 オーラと魔力を半分ずつ、中途半端を重ねた力。


 靴を履かずにおじいちゃんの墓に向かって飛ぶように走った。

 こんなことをしても意味は無いのかもしれない。

 でも、俺はそうしたい。


 悔いの無いように生きて欲しい。

 おじいちゃんが言いたかったのはそういう事だ。


 感情のまま飛ぶように跳ねて走りおじいちゃんの墓の前で止まる。

 錯覚でもいい。

 こうした方がおじいちゃんと話が出来る気がした。


 おじいちゃんの書く遺言の文字が心に入って来る感覚があった。


 おじいちゃんは消えゆく命の中、俺を最期まで心配していたんだ。


 不思議と、周りにある空気さえも俺を守っているようなに感じた。


「おじいちゃん、ありがとう。おれ、もう、大丈夫だから」

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