第42話

 最初のページをめくると余白をたっぷりと取った文字が並ぶ。

 それでおじいちゃんが最初の文字を大事にしている事が分かった。


『重、元気でやっていると信じて今この遺言を書いている。高校卒業おめでとう』


 俺の行動を振り返ると元気でやって来たとは言い難い。

 俺の高校生活だけを振り返ってもほぼ呪いを受けたまま過ごしていた。

 1人暮らしをしてゴミも片付けられずにいた。

 毎日自分を追い込むようにトレーニングとモンスター狩り、そして学校と寝て起きるを繰り返していた。


『重が健康な体で生まれて来て本当に嬉しかった。健康である事はとても素晴らしい』


 おじいちゃんは俺に凄くなくていい、立派じゃなくてもいいと言った。


 健康でいる事が嬉しい、ただそこにいるだけで良いと言ってくれた。


 俺はおじいちゃんに似て体が丈夫だった。

 そしておじいちゃんは健康にこだわりがあった。


『じゃが、重はワシの愚かさを引き継いだ。そこはワシではなくお母さんかおばあちゃんに似て欲しいと思っておった。今からここに書くのは今まで重に話す事が無かったワシの愚かな人生じゃ。この遺言を最後まで見て欲しい。そしてその上で、ワシのように愚かにはならないで欲しい』


 意味が、分からない。

 おじいちゃんは時の賢者と呼ばれる凄い人間だ。

 日本の歴代でただ1人のSランクだ。

 青の魔眼を開眼して世界を旅した。

 そして日本の錬金術と魔法の基礎を築いた。


 おじいちゃんが愚かであるはずがない。

 おじいちゃんは賢者だ。


 ページの最後にひときわ大きな文字で書かれていた。


『重、時を大切にしなさい』


『大切な時間を大切な人と分かち合って生きなさい』


 ページをめくるとおじいちゃんの小さな文字がぎっしりと並ぶ。

 俺はおじいちゃんの書いた文章の中に入り込むように没頭した。




 ワシが若い頃、世界にダンジョンが発生した。

 世界に魔力が溢れた。


 魔力が溢れてから医療、鉱石、様々な軌跡を起こした。

 治らないはずの欠損部位を再生させる魔法や回復薬。

 ダンジョンはモンスターの脅威と同時に希望をもたらした。


 ワシには魔法の才能があった。

 冒険者のランク制度が出来るとすぐにランクを上げて、そして稲田村のダンジョンに来てからもたくさんのモンスターを倒した。


 ある日、村で評判のパン屋があると聞いてふと寄ってみた。


「いらっしゃいませ、あら、あなたは冒険者の方ね?」

「……これを2つ、これを頂きたい」


 ワシはイチゴジャムのパンを2つと他のパンを1つ買った。


「ありがとう、それと、村を守ってくれてありがとう。このパンをサービスするわ」


 サービスのパンはイチゴジャムのパンだった。


「また、イチゴジャム?」

「2つ買ったから、好きかと思って」


 重には分かったと思う。

 その相手がおばあちゃんで、その場所はお前の家じゃ。

 ワシはばあちゃんに一目ぼれをした。


 それからワシは毎日パン屋に通った。

 そしておばあちゃんの家で一緒に食事を食べるようになった。


 イチゴジャムのパン、そしてイチゴミルク、この2つを一緒に食べる事が多かった。

 おばあやんはイチゴミルクが好きで、ワシはイチゴジャムのパンが好きじゃった。


「時成って本当にイチゴジャムが好きね」

「全部食べてみてこのパンが一番おいしい」

「イチゴは生で食べるのが一番おいしいのに」


「イチゴミルクは潰しておる」

「でも生よ。こうしてミルクと砂糖で食べるのが一番おいしいわ」

「パン屋がそれを言っちゃ駄目じゃろ」

「ふふふ、これは2人だけの秘密ね」


 2人は恋に落ちて、そして結婚した。

 ワシは婿養子として岩田の苗字になり一緒に暮らし始める。


 重、分かっておると思うがおばあちゃんは早くに亡くなる。

 そして、ワシは愚かにも助ける事が出来ないおばあちゃんを助けようとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る