第41話

 稲田村まで戻り電車の駅を抜けると萌が背伸びをした。


「う~ん、移動ばかりで疲れたよ」

「萌、お前殆ど寝てただろ」


 萌は新幹線でもバスでも俺の肩に寄りかかって眠っていた。

 休める所では休む、本当に要領がいいよな。


「そんな事より家に行こうよ」

「そうだな」


 外は天気がいい。

 村人は俺と萌に気づくと挨拶をしてくる。

 挨拶を返しながら実家の前にたどり着くと家の前でご婦人方が井戸端会議をしていた。


 その横には長いベンチがあり左端に村長が座っている。

 その顔は暗い。


 そしてその右にはフリーマーケットでジャムを売っていた男の子が座り村長の手を握っている。

 その右には女の子が手を繋いで3人で日光を浴びていた。


 萌が村長に話しかける。


「村長、どうしたの?」


 村長の代わりに男の子が答える。


「そんちょうがかなしそうだったからてをつないでたの」

「わたしもいっしょにすわってた」


「この子そういうとこはすぐ気づくのよ」


 そう言ってお母さんが男の子の頬をつんつんした。


 そしてご婦人と萌が男の子と女の子を撫でて褒める。


「小さいのに偉いわね」

「よしよし」

「優しいのね」


 萌は井戸端会議にすっと入り込み話を始めた。

 村長がゆっくりと話を始めた。

 その言葉は弱弱しく感じた。


「重君、Aランク試験の最中、村に呼び戻してすまん。……ワシが重君の父さんを説得した。ワシが、ダンジョンが危険である事を国に伝えた。試験を辞退させてすまない」


 井戸端会議が止んでみんなが俺と村長を見た。

 村長はきれいごとや出来ない事は言わない。


 村長は人口が減るこの村でコンパクトシティ化を進めてきた。

 そして山に住む人々を直接説得しに行って便利な村の中心部に移住させた。


 更にそれでも山に住むと決めた人には食品の宅配サービスの使い方を教えたり、隣に住む村人に1000円で街のスーパーまでついでに乗せていくよう交渉したり、あらゆる手を使ってみんなの為に尽くして来た。


 最大多数の最大幸福を目指しつつもそこからこぼれ落ちた人を規模の小ささを逆手にとって救おうとする。

 そのやり方は正しいと思う。


「僕は、おじいちゃんの遺言を見たくて自分の意思でここに戻りました」

「……おじいちゃんのように、立派になりたいじゃろ? いつもそう言っていた。じゃが昇格試験は棄権扱いとなる」


「今は、上に行きたいのか分からなくなっています。でも、何かを掴めそうな、そんな感覚があるんです。おじいちゃんの遺言に何か、何かがあるかもしれない」


 家に入ろうとして振り返ると村長が俺を見ていた。


「村長が僕に試験を受けさせたくない事も、僕にずっとここにいて欲しい事も、なんとなく分かっていました。でも、それが悪い事だとは思いません。気にしないでください」


 村長が目を見開く。

 俺は実家に向かって歩いて行く。

 後ろから小さく声が聞こえた。

 

「全部、分かっていたのか」


 男の子が村長を元気づける。


「そんちょう、げんきだして」


 玄関に入ると父さんがノートを持って待っていた。

 そのノートは厚い。

 

「部屋は空いている。読んでくれ」


 そう言って父さんは仕事に戻って行った。

 俺はすぐに部屋に入っておじいちゃんの遺言を開いた。

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