第28話
試験が終わると遅れてヒーラー達がやって来た。
けがをした選手を治療していく。
一緒にやって来たあかりが俺に笑みを浮かべて軽く手を振った。
そしてみんなの治療を始める。
明日も試験だ。
でも、休みが無いのは選手だけじゃない。
ヒーラーは毎日俺の見えない所で皆を癒している。
他のスタッフも休みなしで働いている。
俺も頑張らないとな。
「治療が終わったら速やかに帰って! ほら、撤収!」
バスに乗ってホテルに帰るとスタッフさんが忙しそうにしていた。
今回の予備試験で合格者はたった8人。
ホテルに帰るとスタッフさんが宿泊者を引き留めていた。
このままではホテルの部屋に空きが出来てしまう。
不合格になった選手を有料で宿泊させようとしているようだ。
そこにAランク冒険者の4人が入って来てロビーでチェックアウトしようとしていた冒険者達がざわついた。
「お、おい、! Aランクが揃っている!」
「伸さん、握手してください」
「いいよ~」
「優斗さん、握手をお願いします」
「うん」
「ありがとうございます!」
「カノンさん、握手いいですか?」
「しょうがないなあ」
「感激です」
「へ、へへへ、氷の女王様! 握手をお願いします」
「近寄らないで!」
「ふおおおおおおおおおおおお! ドSの切れ味、流石だぜ」
「お、俺も俺も! 氷の女王様! 握手」
「離れなさい!」
「おう! はあ、はあ! 良い思い出になりました! 素晴らしいSMプレーの切れ味です!」
「ちが! ドSじゃないわ! 女王様じゃないから!」
涼音さんは平常運転でいじられていた。
「皆注目!」
伸さんが手を挙げた。
「今からチェックアウトしようとしている冒険者のみんな! 運が良ければAランクの僕達と一緒に東京ダンジョンのモンスターを狩ったり、涼音の戦闘指導が受けられる! お金に余裕があるなら泊って行こう」
その瞬間に涼音さんが『信じられない!』という表情を顔に出した。
「もちろん運次第ではある、約束は出来ない、でもチャンスはある!」
冒険者の一部が涼音さんを見て笑った。
「へ、へへへへへ!」
「俺達にもまだチャンスがあるってか!」
「女王様の鞭、楽しみにしてるぜ、おいみんな! チェックアウトは取りやめだ!」
「「うおおおおおおおおおおおおおお! 涼音様ああああああああああああああ!!」」
「それやめなさいよ!!」
「あははははははは!」
涼音さんを指差して笑う伸さんが涼音さんに怒られていた。
そして涼音さん以外の3人が冒険者と握手をし、ホテルの放送で更にロビーに人が集まって来る。
涼音さん以外の3人と握手を出来た事で宿泊を続行する選手もいるようだった。
「さて、握手は終わった。で重」
「何でしょう?」
「それって鉄の剣?」
「そうですけど?」
「何でいい武器を使わないの? 昨日涼音にも同じことを言われていた。 昨日武器を変える事も出来たよね?」
俺はおじいちゃんの言葉を思い出した、基礎は大事だ。
鉄の剣が折れる、それは基礎がなっていない証拠だ。
そして、頑張っているあかりの事も思い出した。
またおじいちゃんが言っていた事を思い出した。
人は知らない間に助けられて生きている。
あかりだけじゃない、昇格試験をサポートする目に見えないみんなも頑張っている。
そういう目に見えない人がいるおかげで俺は試験に集中出来ている。
コンビニで物が買える事も当たり前じゃない。
ネットで注文した荷物がすぐ届くこともありがたい事だ。
俺は皆に迷惑をかけている部分があるんだろう。
それが出来るのも皆が仕事をしているからだ。
俺は右手を握り締めた。
「……もう少し、基礎を磨くために頑張ってみたいです」
「今何を考えたの? 今の間は何?」
「伸、続きは部屋で話そう。重君、話がある。来て欲しい」
優斗さんが俺の肩に手を置いた。
俺はAランクの4人に連れられて部屋に移動する。
後ろから声が聞こえた。
「重のやつ、Aランクの4人から説教を受けるぜ」
「さすが、良くも悪くも目立っているな」
「ふ、認めよう、漆黒のイキリヤ、俺のライバルとしてな!」
イキリヤさん、いたのか。
目立つ格好なのに気づかなかった。
Aランクの4人と一緒に会議室に座ると伸さんが話しだす。
「実はねぇ、鉄の剣の話もあるにはある、でも本題はそこじゃない」
「何でしょう? 悪い事は何もしていないと思います」
「うん、試験が盛り上がった。グッジョブ、その事はいい」
「……」
「政府は、重をAランクにしたくないように思える。僕の仮説を聞いて欲しい。 時系列で話すと……」
稲田ダンジョンの危険度が高く公表すると更に冒険者が減り本当に稲田ダンジョンが危険になってしまう。
そして政府が俺にBランクのまま稲田ダンジョンの守護者として居続けて貰いたい事。
その隙に冒険者の戦力アップを行い問題が無くなったタイミングで稲田ダンジョンの危険度を公表する。
その考えを話した。
「はい、確かに小学生の頃から人に言わないようにダンジョンに入っていました。最初はおじいちゃんがダンジョンのモンスターを倒していておじいちゃんがダンジョンにイケなくなってからモンスターの発生頻度が増えていました」
「やっぱりそうか、前半は時の賢者、後半は重が稲田ダンジョンの溢れ出しを防いでいた。で、重が呪いで休むと溢れ出しが起きた」
「うーん、確かに辻褄は合うねえ♪」
「初めて知ったけど、言われてみれば確かにそうね」
「Aランクの俺と伸、2人がかりで一ヶ月以上稲田ダンジョンにいるモンスターを狩った。表では溢れ出しが起きたから対応した事になっているが普通に考えてここまでかかるのはおかしい」
「話は変わるんだけど武器を変える気はない?」
「もう少しこれで頑張ってみたいです」
「そか、OK。話は終わりだ」
「失礼しました」
重が出ていくと優斗が言った。
「基礎の化け物か」
「まだ積み上げるつもりらしい」
「涼音、言わなくて良かったの?」
みんなが涼音を見た。
「……まだ謝っていなかったわ」
「早く行ってきて」
涼音も後を追うように部屋を出た。
「重君!」
「涼音さん」
そして俺の服の袖を掴んだ。
今の涼音さんはとても女性的で優しく見える。
「……」
「昨日は、ごめんなさい」
「え?」
「ほら、昨日集中攻撃をしたわけで」
「大丈夫です。受かりましたから。それに選手側の発言は普通にセクハラですからね。普通は怒りますよ」
「そう、ありがとう」
「いえ、では」
俺は礼をして部屋に戻った。
【あかり視点】
治療が終わるとAランクの涼音、カノンと一緒に女子会をする事になり一緒に食事を囲む。
どうでもいい話をした後涼音が言った。
「あかりって重君と付き合ってるの?」
「付き合ってないけど、どうして?」
「付き合っているのかなーと思って」
そのセリフを聞いて分かった。
涼音は重の事が気になっている。
カノンを見るとにやにやと笑っていた。
私は笑顔で言った。
「涼音は重の事が好きなの?」
「……そんな事無いわ」
「……」
「……」
涼音の顔が赤くなりごまかすように声が大きくなった。
「あ、あかりはどうなのよ!?」
「うーん、涼音が本心を言ったら私も言うよ」
「ははははは、最初に自分の考えを言わないとね。涼音ちゃん」
「その言い方」
「頭に来るよねえ、うん、いい子いい子」
「頭を撫でないで!」
「僕はお姉さんだからね。いい子いい子」
カノンの手を涼音が何度も弾いた。
その様子を見て私は笑った。
「元気になって良かったよ。僕だって心配したんだ」
「そうよ、何かあったら言って」
「うん、ありがとう」
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