第15話

 おじいちゃんは世界を旅したSランク冒険者だ。


 色んな国を救ってたくさんの人に魔法を教えた。


 本当はもっと讃えられるべきだ。




 子供の頃の俺が魔法弾を練習する。


「えい!」


 ふにゃふにゃと歪む魔法弾が5メートルほど飛んで弾けた。


「うまく出来ない、いっぱい練習してるのに!」


 おじいちゃんが俺の頭を撫でた。


「もうこんなに出来るようになって、頑張ったのう」


 おじいちゃんはいつもニコニコしている。

 そしていつも落ち着いていて俺の相手をしてくれた。

 俺はそんなおじいちゃんが大好きだった。

 苦しい魔法の訓練を遊びのように出来たのはじいちゃんの力だ。

 今振り返るとおじいちゃんは天才だった。


「僕がおじいちゃんみたいに立派になったら嬉しい?」


 あの時は、


 ただ喜んで欲しかった。


 大した意味があって聞いた言葉じゃない。


 おじいちゃんはそんな俺の考えなんて、


 分かっていたと思う。


 それでもおじいちゃんの顔が曇った。


「どうじゃろうなあ」


 じいちゃんが真っすぐに俺を見た。


「……重、立派にならなくていいんじゃ」

「え?」


 期待されていないような気がして悲しい気持ちになるがそれでもおじいちゃんは話を続けた。


「それよりも健康なままで居てほしいのお」

「ええ! 僕いつも元気だよ!」


 子供の俺はステップを踏んだ。


「ほっほっほ! そうじゃのう、それが嬉しい、ただ元気でそこにいるだけで嬉しいんじゃ」

「よく分からないよ」

「元気でいる事は当たり前ではないんじゃ。それはとても素晴らしい事じゃ」


 おじいちゃんの友達が歩いてくる。

 友達は昔からずっと村長をしている。

 年はおじいちゃんと同じくらいだ。


「あ、村長だ!」

「おお、重君、元気か?」

「うん!」


「時成、ダンジョンの結界が薄くなっている、すまんがモンスターを倒してきてくれんか?」

「おじいちゃんならすぐに倒すよ、シュ! シュ!」


 俺はステップを踏みながらシャドーボクシングをした。


「分かった。行ってくる」

「孫との時間を奪ってすまん」

「いや、この村あっての時間じゃ。重、行ってくるでの」

「うん!」


 俺は思いっきり手を振った。

 おじいちゃんがダンジョンに向かい歩きだす。

 おじいちゃんが振りかえって戻って来る。


「重、ワシが嬉しく思う事が健康の他にもう1つあったわい」

「え?」


 おじいちゃんがしゃがだ。


 そして俺と目線を合わせて言った。


「大切な人と、大切な時間を共に生きなさい」

「……時成、それを小さな重君に言ってもしょうがない」

「……そうじゃのう、難しい事を言った」


「じゃが、言いたい気持ちは分かる」

「無駄話が過ぎた。行ってくるでのう」


 みんなから頼られるおじいちゃんがあの時は誇らしかった。

 みんながおじいちゃんを褒めるのが嬉しかった。

 景色が黒く歪んで時が加速する。

 おじいちゃん、行かないで!


 さらに時が加速する。

 俺は使う事が出来ない時を巻き戻す魔法を使おうとする。


 そして目の前にはベッドの上に眠るおじいちゃんがいて、白い布が被せられていた。


「リバース! リバース! 戻れええええ!」


 リバース、おじいちゃんだけが使える時魔法の到達点。

 時を少しだけ巻き戻す事が出来るおじいちゃんだけの魔法。


 俺が使えないはずの魔法で時間が巻き戻っていく。

 体が温かい光に包まれた。


 おじいちゃんが俺の頭を撫でた。


「もうこんなに出来るようになって、頑張ったのう」


 俺はほっとした。


 目が覚めてあたりを見渡す。


「今のは、夢」


 そうか、俺は病院に運ばれたんだ。


 

 俺が使えない魔法、リバースではあそこまで時は戻せない。

 自分のおでこを撫でると不思議と落ち着いた。

 そしてあかりさんの、良い香りがした。


 起き上がり病院の廊下を歩くと自販機の明かりに吸い寄せられるように近づく。 

 あかりさんがいた。


「こんばんわ」


 あかりさんの自然な笑顔に魅力を感じた。

 胸の鼓動が高鳴る。

 あかりさんの表情を見て分かった。

 今の落ち着いた顔があかりさんの本当の顔なんだろう。


「あかりさん、溢れ出しの時はどうもです」

「どういたしまして」


「それと、俺が寝ている間に治療をしてくれたりとかしました?」

「うん、そうだね」

「これって放置すればすぐに治ったりしませんかね?」


「治療をしても治るまで、時間がかかるよ、お腹までまだらが来ているから」

「お腹まで呪いが来ている所まで分かっているんですね」

「あ、違うの、これは重君のお父さんが重君のお腹をめくったからで!」


「悪い意味で言っているわけじゃないので大丈夫です。ただ、どのくらい寝ていたか知りたくて」

「そ、そう。1日と少しかな」


「ありがとうございます……あかりさんは配信の批判コメを見すぎですよ。普通の人間はあんなに人を叩きません。叩く人は一握りです」

「そう、かも」

「でも、良かったです、顔色が前より良いですね」


「そう、かな?」

「はい、魔法を使った後でこれだけ顔色がいいならもう少し休めばもっと良くなりますよ」

「しばらくは、重君の呪いを治療しようかな」


「助かりますけど、いくらかかります?」

「お金はいいよ、あるから」

「僕もお金ならありますよ」


 2人同時に笑った。


「重君は高校生なんだよね?」

「はい。高3です。あかりさんは大学の2回生ですか?」


 あかりさんがゆっくりと自販機の飲物を飲んだ。


「……留年しちゃって、まだ1回生」

「後1年留年すれば僕と同じになりますね」


 あかりさんの顔が赤くなった。


「あ、すいません、口説いているわけじゃないですよ」

「違うんだ、残念」

「え?」


「え?」

「え?」

「あかりさん、そういう冗談は体に悪いですよ。高校生に言うと本気にしてしまいます」

「ふふ、ごめんね。でも、自分が高校生じゃないみたいに言うんだね」


「そういう言い方になってしまいました。話すのが苦手たんです。所であかりさん、気づいてますか?」

「どうしたの?」

「物陰に3人います」

「え、えええええ!」


 父さんと母さん、そして萌が隠れて会話を聞いていた。


「重、あかりさんといつまで敬語を使っているの?」

「そうだぞ、もっと砕けた言い方にしなさい」

「その前に盗み聞きはやめてくれ」


「あー、あかりさんが真っ赤だ!」

「萌、思っていても言うな」

「これは将来が楽しみねえ。孫が欲しいわ」


「静かにしてください!」


 看護師さんに怒られて皆で謝った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る