第8話

 学校を休んで数日後、稲田村のお祭りが始まった。

 広場には簡易的なステージが組み立てられ俺はその隅にフル装備で座っていた。

 萌が司会を任されている。


「今回は高校生にしてBランク冒険者の岩田重さんをゲストに迎えています。お兄ちゃん、挨拶」


 俺はそこまで有名じゃない。

 それでも村ではそこそこ顔を知られている。

 でも萌は高校生Bランクとして大げさに紹介している。

 右手を上げて軽く振ると村人が笑った。


 屋台で焼きそばを売っていたおばちゃんが舞台に上がり俺の所に焼きそばを持って来た。

 まるでお供え物のようだ。


「冒険者なんだからもっと食べないと。はい」

「ありがとうございます。いただきます」


 更におじさんがから揚げを持って来る。


「冒険者はもっと肉を付けないとな、ほれ」

「ありがとうございます」



 俺の前にはお供え物のように次々と料理が運ばれて来てそれを片っ端から完食していく。

 冒険者はカロリーを使う。


「お兄ちゃんにお供え物をすると良い事がありますよ」


 萌の冗談で会場が笑いに包まれた。

 俺が右手の箸で食べながらワンパターンに左手を振るとまた笑いが起きる。


 前にイチゴジャムを売っていた2人組の子供が仲良く座っていた。

 満面の笑みで俺に手を振った。

 不思議と温かい気持ちになって手を振り返す。

 男の子と女の子は半分に割ったイチゴジャムのパンを仲良く分けて食べていた。


 小学生の出し物が始まると萌が俺の隣に座った。


「ふー。少し休憩」


 そう言って食べかけの唐揚げをつまんだ。


「もっと食うか?」

「うん、あーん」


 箸で唐揚げを萌の口に入れる。

 萌が唐揚げを食べる。

 俺はぐるんと振り返る。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 血の、匂いがする。


「けが人がいる」

「え?」


 血を流した冒険者パーティーが走って来た。


「おじさん、大丈夫!?」

「大丈夫だ、ミスっちまった」

「ゴブリンがいつもより多い」


 冒険者が治療の為に歩いて行くと萌がスマホをいじった。


「Bランクのあかりさんに連絡たけど電話に出ないみたい。私が連絡しても駄目」

「お前、何であかりさんの連絡先を知ってるの?」

「聞いたら普通に教えてくれたよ?」

「そ、そうか」


「ウツだって」

「え? なんで?」

「凄く美人だし、ネットで悪口をたくさん書かれてるから……」

「ああ、そういう事か」


 人気のダンジョン配信者はその分批判も多い。

 ガチ恋勢もいるだろうし、同性からの嫉妬も凄まじいだろう。

 そう言えば、前会った時も疲れているように見えた。


 今度は違う冒険者達が走って来た。

 その内の1人は肩からありえないほどの血を流していた。


「ゴブリンがダンジョンから溢れた! 逃げろ!」


 俺は無言でドローンを出した。

 そして配信を始める。


「お兄ちゃん! まだ呪いが治ってないよ!」

「いい、それよりもすぐに国に連絡してくれ!」


 俺は逃げる冒険者の流れに逆らうように前に出た。

 大きく息を吸い込んだ。


「避難してください!」


 俺の叫び声で全員が俺を見た。


「重ちゃんがいるなら大丈夫よ」

「そうだ、稲田村には重がいる」

「防ぎきれるか分かりません! 避難してください!!」


 俺はダンジョンに走った。

 ダンジョンにたどり着く前に100を超えるゴブリンがいた。

 この時点で100のゴブリンがダンジョンから溢れている。


 嫌な予感がした。

 ダンジョンの前にはもっと多くのゴブリンがいるだろう。

 ダンジョンに行きたくない。

 直感が撤退を判断した。


 だがおじいちゃんならどうする?


『ふう、行ってくるかのう』そう言って前に出ただろう。


 おじいちゃんならここで逃げたりはしない!

 例え力不足でも前に出る!


「配信を見ている人は国に連絡を!」


 俺は確実に国に事態が伝わるようにみんなに通報を呼び掛けた。

 ダンジョン前にあるカメラで異常は察知しているはずだ。

 だが万が一動きが遅れればまずい。


 ここまでやれば誰かが通報するだろう。

 援軍が来ればいいが、期待してはいけない。

 ここは田舎なのだ。


:通報したで!

:ゴブリンの数が多すぎないか!?

:まずい、ここに他のBランクはいないのか?

:いつもなら重と、後はあかりだけだな


:あかりはウツで療養中だ。休む配信をしていただろ

:AランクやBランクは溢れ出しが多い地域にいる、稲田ダンジョンまで遠すぎる!

:稲田村は他のダンジョンから遠い、援軍は期待できないぞ!


 おじいちゃんならどうする?

 範囲魔法を使って一瞬でゴブリンを倒すだろう。

 ……違う。


 おじいちゃんの言葉を思い出す。


『重、ワシのマネばかりしてはいかん。自分に合った戦い方を探すんじゃ』


 俺は剣を抜いた。

 今は俺の出来る事で戦う。

 自分が一番いいと思った直感に従い、それを繰り返す!

 だが逃げるのは無しだ!


:重が剣を抜いた!

:今は余裕が無いんだろう

:うああああああああ! ダンジョンからゴブリンが溢れてくる!


:まずいな、ダンジョン入り口にある結界を簡単に抜けている。雪崩のようにモンスターが押し寄せるぞ!

:ダンジョン入り口の結界が弱くなっている、つまりダンジョンにモンスターがたくさんいる

:少なくとも1000以上のゴブリンが出て来るぞ!

:村が終わった


 冒険者のおじさんが後ろから叫んだ。


「重! ゴブリンキングがいた! もし出てきたら逃げろ!」


:ゴブリンキングはBランク冒険者と同格だ!

:ゴブリンキングがダンジョンから出てゴブリンの軍勢を率いればAランク相当の危険度だ!

:お、おい、重はBランクだ、無理だろ


 後ろには消耗した冒険者が12人。

 援軍は期待できない。


 俺は剣を振って地面に斬撃を飛ばした。

 地面がえぐれて俺達とゴブリンの間に横のラインが出来る。

 俺はそのラインを跨いで前に出た。


:重は何をしているんだ?

:分からないか? 覚悟だ

:意味が分からん

:重は魔力の消耗を押さえる為に剣を構えた。だが魔力を消耗してまで地面にラインを引いた。ここから後ろには下がらない、そう言っているように見えた


:待て待て、重は呪いが治ってないだろ?

:無茶だ!

:だからこそ覚悟を決めたんだろう。本当は前に出たくない、でも出る事を決めた顔だ

:それって死ぬかもしれないって事だろ!?

:そうだと思う、恐怖に打ち勝つために前に出る事を決めたんだ


「「グギャアアアアアアアアアアアアアアア!」」


 ゴブリンの群れすべてが俺を睨んだ。

 俺は剣を両手で握り締める。


 1000を超え、そして更に増え続けるゴブリンの群れ。

 俺1人の戦いが始まった。

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