第6話
「重、萌、乗って行け」
2人で車に乗り走りながら父さんが言った。
今はパン屋が忙しいはずだ。
萌が呼んだのか。
「重、パンを持って来た。萌えの着替えもな」
「ありがとう」
実家はパン屋をやっている。
村の外から買いに来るお客さんもいるほど人気の店だ。
「イチゴジャムもある。昔はよく食べていただろ?」
「いちごジャムは、いいや」
イチゴジャムのパンはおじいちゃんが好きだった。
俺も昔はイチゴジャムのパンが好きでよく食べていた。
でも、このパンを食べるとおじいちゃんの葬式を思い出してしまう。
意識しないようにすればするほど意識してしまい自然と好きだったイチゴジャムのパンを食べる事が無くなった。
「……」
「……まだ、食べないのか、分かった」
「いちごジャムのパンは私が貰うよ」
萌がパンの入った袋を受け取る。
アパートの前に車が止まると父さんが言った。
「家に帰ってこないのか? 部屋は開けてある。おじいちゃんが亡くなって何年も経っている」
「……まだ、いいや」
「……分かった」
俺と萌が車を降りると父さんが車で走って行った。
パン屋の仕事が忙しかったのに来てくれた、萌が連絡したのかもしれない。
「お兄ちゃん、配信しようよ」
「ダンジョン配信じゃないからなあ、良くないだろ?」
「他の冒険者さんもやってるよ。最初に部屋の掃除をする事を言えばいいんだよ」
「汚れた部屋を見せても面白くない」
「お兄ちゃん、分かってない」
「ん」
萌が得意げな顔で言った。
「ギャップが大事だよ」
「人気とかいいや、てか登録者数が増えればコメントで叩かれやすくなる。人が増えれば配信の収入は増えるけどいい事ばかりじゃない」
「ダンジョン配信者は皆叩かれてるよ」
「はあ、コメントが荒れたらすぐに配信を切るぞ、特に萌が叩かれたらすぐに切るからな」
「いいよ」
萌が自分の身だしなみをチェックする。
俺は何もせず棒立ちだ。
寝癖があってもどうでもいいと思っている。
萌えの身だしなみチェックが終わると2人目を合わせて頷いた。
ドローンを起動させると萌が笑顔で挨拶をした。
「重の妹です。今からお兄ちゃんの部屋を掃除をするだけの配信です」
:妹ちゃんが可愛い
:同じ高校か
:兄と違ってしっかりしている印象
:兄がだらしないと妹が補うようにしっかりしてくる
:掃除する=汚いんだな
:重が掃除をするイメージが出来ないワイ
:重は高校とダンジョンの往復だけで時間が無くなるだろうな
:逆に考えるんだ、あのペースでダンジョンに入って家事まで完璧ならそれはそれで異常やで
:重が妹に進行を丸投げして珍しくスマホを見とる
:重は進行をする気が無いんやで
「……妹にちょっかい出すの禁止な」
:目がマジだ
:怖え
:ワンフレーズの言葉が怖い
:迫力がヤクザの組長レベル
:妹ちゃんに会いに行ったら重に投げ飛ばされそう
:投げ飛ばされたいんですけど? でも出来れば壁に追い詰められて両手を抑えられる方が良い
:ヤバイのがおるで
「お兄ちゃんのアパートを見てみましょう」
萌がアパートの扉を開けると絶句した。
部屋にはゴミが通路を埋めるように置かれている。
:これはひどい
:予想できたことだろ、重は学校とダンジョンを往復する生活をしている、それ以外の時間はほぼないはずだ
:ひっでえわ
:よ、予想以上、だと!
:流石重、斜め上を行く男だ
「……」
「……」
「お兄ちゃん」
「ん?」
「収納魔法を使えるよね?」
「使えるぞ」
「ゴミを収納魔法に入れる事も出来るよね?」
「そ、そうだけど」
「何でこんなに汚せるの!? ペットボトル位ゴミ袋に入れようよ! 絶対おかしいよ!?」
:妹ちゃんが急に怒ってて草
:気持ちは分かるで
:怒る妹ちゃんも可愛いな
:今回の配信はダンジョンより面白いんじゃないか?
:神回やね
「その前に腹ごしらえをしよう」
萌が何かに気づいたようにはっとした。
「そうだね」
「急に機嫌が治った?」
「お兄ちゃん、外に出てベンチに座ってパンを食べて」
「お、おう」
2人でアパートの外にあるベンチに座りパンを食べる。
「今お兄ちゃんが食べているのは稲田村にある岩田パン屋で作ったパンです。美味しいので是非買いに来てください」
萌が実家のパン屋を宣伝し始めた。
俺は無言のままパンを食べ続ける。
「それと、近いうちに稲田村のお祭りがあります。ホームページをチェックして遊びに来てください。宣伝は以上です」
:凄い、妹ちゃんがちゃっかりしてる
:賢いな
:マジでパンを食べたくなって来た
:これでもまだ妹ちゃんは高校生な件
:重がパンを食べていると美味しそうに見える
:く、宣伝がうますぎるぜ
:岩田パンは地元では結構有名、ワイも20キロ離れた村に買いに行っている
:20キロは地元じゃないだろ
:田舎の20キロは近い、車社会だからな
:可哀そうに、重があんなだから妹ちゃんが間を埋めるようにしっかりするしか道が残されてなかったんだな
萌がイチゴジャムのパンを食べ終わると掃除が始まった。
萌が流しを軽く掃除してからペットボトルを集めて洗い、水を切って分別しゴミ袋に入れていく。
「お兄ちゃん、部屋からペットボトルを集めて来て」
「おう」
「ゴミ袋にこのペットボトルを入れて」
「うん」
作業が進むがゴミ袋の山が出来ていく。
:凄いな、妹ちゃんが全部仕切ってる
:今回お兄ちゃんが空気な件
:こんなにテキパキ動いているのに窓が暗くなっても片付けが終わらないのがホラーすぎる
「お兄ちゃん、ゴミ袋を買って来て」
「スーパーは閉まっているからコンビニに行くけど何か欲しいものはあるか?」
「新作スイーツなら何でも」
「分かった。行ってくる。ドローン、待機」
ドローンが部屋の中で待機して萌を撮影する。
コンビニに入るとお客さんが1人もいない。
街とは言えここも田舎なのだ。
店長が俺を見た瞬間に「フォーメーションA! 待機!」と叫んだ。
店長の他に2人いた店員さんが店長の後ろで待機した。
店長の目が輝く。
「いつもと同じでいいですか?」
「はい、お願いします」
「フォーメーションA! 実行!」
「「了解!」」
1人目の店員さんがペットボトルの飲料をかごに入れてレジでバーコードをスキャンする。
もう1人の店員さんがおにぎりをすべてカゴに入れてバーコードスキャンしていく。
2つのレジが埋まり店長が買い物カゴにペットボトルを入れてレジに置きながら俺と話をする。
「いつもありがとうございます。他に必要な物はありますか?」
「大きなゴミ袋と、新作のスイーツをください」
「ゴミ袋はある分全部、新作スイーツ4種も全部買っちゃいますか?」
店長さんが冗談っぽく言った。
「分かりました。買います」
「ありがとうございます!」
店長が深く礼をした。
アパートに帰ると萌からスイーツを買いすぎた事を注意されたがスイーツを食べて機嫌が直った。
そして学校のお昼に毎回スイーツを届ける事が決まった。
掃除が終わった部屋がとても広く感じる。
萌はベッドで寝て貰い俺は床に寝た。
部屋がきれいになりすっきりした気分だ。
次の日俺は萌の説教を受ける事になる。
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