第2話

 走って道を進むと彼女の顔はぐちゃぐちゃに歪んで涙を流していた。

 だが目の前には弱いモンスターしかいない。

 様子がおかしい。


「大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃないよ」

「い、いったい何があったんですか!?」


 彼女は大きく息を吸い込んだ。


「助けて! 彼氏に振られたの!」


「……んんん?」


 50体を超えるゴブリンに杖を持った女性が無詠唱のビームを放つ。

 ゴブリンは子供サイズのモンスターで剣を持っている。

 ダンジョンで最初に出てくる弱いモンスターだ。

 

「「グギャアアアアアアア!」」


 横なぎのビームがゴブリンを貫通してダンジョンの壁まで破壊し壁が崩れてガラガラと音を鳴らす。

 よく見ると右手には杖、左手にはゆず酒の瓶を持っていた。

 しかもドローンで配信している。

 彼女は左手のゆず酒をラッパ飲みする。


 朝光あかりってたしかチャンネル登録者数が100万人を超えていたはず。

 清楚系冒険者と言われていたような……

 俺は轟音を聞きながらそこに立ち尽くした。


「どういう事?」


 俺はスマホを取り出した。

 自分の配信を見るとコメントが滝のように流れた為コメントのスクロールを止めて文字を素早く読み上げる。


:炎上確定だな

:あかりはいい子ちゃんだからな。ストレスがたまってたんだろ

:酔ったらあかん

:SNSのトレンド入り確定


:言葉の通りだ。彼氏に振られたらしい

:これは、配信が荒れるぞ

:てか彼氏と付き合った事を発表した時も相当荒れていた


:あかりはアイドルのつもりは無いんだけどみんなの扱いはアイドルだからな。ファンと本人の認識が噛み合っていない

:ファン歓喜じゃん。あかりは今フリーになったんだろ? 荒れる要素あるか?

:だよな、あかりは一般人と付き合っている実績がある。お前らにチャンスがあるんだ

:同性の嫉妬もあるんだよ


「あ、あの、大丈夫、ですか? あかりさん、ですよね?」


:この状況で前に出た!

:流石重、漢だね

:面白くなって来た!


:でもここで眠れば呪いやモンスターで命の危険があるわけで、助けない選択肢ってある?

:行くしかないな! 人助け大事!

:ウチなら絶対行きたくないけど見ている分には面白い


 あかりさんが地面に座り込んだ。

 そして思いだしたようにゆず酒をラッパ飲みする。


「もうヤダ、私頑張ってるのに、責められてばかり」


 何となく分かってきた。

 冒険者は応援の声も多い。

 でもチャンネル登録者数が増えれば批判コメントは増える。

 あかりさんはやり返す感じに見えないから安全に叩きやすいんだろう。


「大変、でしたね」

「頑張ったのに!」

「ここで寝ないでください、呪われますよ」


 どうする?

 おんぶをしただけであかりさんのファンからセクハラ扱いをされバッシングを受けるだろう。


 引きずるのも駄目だ。


 抱っこも駄目。 


 担いでも駄目。


 ……そうだ。


 俺は子供の頃に遊んでいたソリを取り出した。

 

「あかりさん、これに乗ってください」


:雪が降った時に子供が遊ぶ奴じゃん!

:でも高いタイプのやつ、俺には分かる

:あかりがソリに乗ったぞ

:これは、ネットでバズるぞ

:行けるのか? 下は岩だよね?


「運びますね」


 俺はそりを引いた。

 ソリと地面がこすれてじゃりじゃりと音を立てる。


:大丈夫か? もちろんソリの方が

:途中でソリが壊れかねん

:絵ずらがいいから薄っぺらい批判が好きなネットの餌食だ

:あかりの白いゲームコスプレ装備と変に調和して不思議な雰囲気を醸し出している

:この画像は拡散不可避だ


 俺はスマホをしまってソリを引いた。

 そしてダンジョンの魔法バリアを超えて外に出ると空気が変わる。

 瘴気が無くなり魔力が薄くなった。


 肩の力が抜ける。

 外は暗く、真夜中になっていた。


:重、お疲れ

:てか夜9時過ぎてんじゃん、大丈夫なん?

:高校の校則で夜9時以降アルバイト禁止だったりするけど冒険者だと時間関係無く出歩ける

:人の命の方が優先だからね、国としては冒険者にはたくさん働いて欲しいのよ


 ミッション終了だ。

 俺はあかりさんをダンジョンから無事連れ出した。

 このソリはいい仕事をしてくれた。

 よく持ちこたえてくれた。


 俺は無言であかりさんに礼をした。

 退散しよう。

 クルシュタと反転しようとした瞬間。


「彼とはね、遠距離恋愛だったの」


 あかりさんが空を見上げて急に話を始めた。

 完全に酔っぱらっている。


「そ、そうなんですね。この話……続きます?」


 あかりさんは無言で収納魔法から梅酒を取り出した。

 更に酒をチャージするのか!


「あの、タクシーを呼びますね」

「話聞いてよお」


 話を聞くだけならいい。

 だがあかりさんは人気配信者だ。

 このまま話を続けてもお互いにとって良い事はあまりない。


「話を聞く前にタクシーを呼びますね」

「彼氏と出会ったのはオンラインRPGを一緒にしていた頃なの」


 まさかの出会いからか!

 最初から全部語る!


「まだ直接会った事は無いけど毎日楽しかったの。でもね、今日別れようって。しかも新しく彼女が出来たって! 信じられる! 普通言う!? 彼女が出来たって言う!!」


 彼氏はきっと誠実な人で相手を傷つける事になっても隠したままにしておけなかったのかもしれない。

 それに、あかりさんと付き合うのを想像すると嫌がらせとかありそうで怖い。

 あかりさんと付き合うのは相当ハードルが高い。

 彼氏としてのプレッシャーは相当だっただろう。


 てかそれ以前に酔っぱらって今の話をしている事自体良くないと思う。

 酔いが覚めればあかりさんは後悔するだろう。


「た、大変ですよね、そろそろ話をやめ」

「そうなの! それにみんなの為になると思ってこのダンジョンに来て頑張ったのにコメントに悪口をたくさん書かれて、何の為に冒険者をやっているのか分からなくなっちゃった」

「大変だと思います、そろそろ配信を切りましょうか。酔いが覚めれば後悔しますから」


:あかりから見て重は大人に見えてるんだろうな。でも相手は高校生だぞ

:重は背がたけえからな

:にやにやが止まらない。2人が付き合えばいいのにな


「そろそろ配信を終わらせましょう。色々まずいですってネットで荒れますよ!」


 俺は自分のドローンを切りあかりさんのドローンも切った。

 俺は正座をしたまま話を聞き続けタクシーで離れた市にあるホテルに送った。


 ホテルから出た後すぐにあかりさんの配信に書かれているコメントをチェックする。

 青いローブを着た俺の悪口が書かれていた。


:青ローブ死ね

:あかりが青ローブにヤラれるのか

:あかりは青ローブの餌食だ。決まっている

:処女を散らすのか、もったいない

:そもそもあかりが遠距離恋愛なのかどうかも怪しくね? とっくに処女じゃないだろ?


:青ローブに剣を装備した背の高い男、見つけた。岩田重、Bランク冒険者だ。

:今すぐ乗り込んでやんよ

:チャンネルに悪口を書きまくってやる


 俺のチャンネルは、荒れてるだろうな。


「……しばらく、コメントを見るのはやめておこう」

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