第10話
アステリオン衛兵団の活動範囲である帝国北西部街区は、皇城を中心とした帝都中央区とは違って治安が悪い。
その日も繫華街では酔漢ふたりがケンカをしていた。
「っの野郎!」
「クソがぁっ‼」
肉体労働者だろうか、ケンカしている男たちはどちらも筋肉質で身体も大きい。そんな男たちが周囲の迷惑も考えず、取っ組み合いのケンカをしているのだ。
たちまちケンカに巻き込まれた道端の露店が被害にあう。道の脇に並べられたテーブルをひっくり返し、看板をなぎ倒している。
迷惑この上ないが、被害を恐れて誰も割って入ることができない。
その時、
「──そこの者たち、何をしている!」
「ああん?」
風鈴のような凛とした声が響き渡り、ケンカしていた男たちも思わず動きを止める。
男たちの視線の先には、アステリオン衛兵団の外套を羽織り、幅広の長剣を腰に下げた麗しい少女──フェリスが仁王立ちで立っていた。
その可憐な容姿と堂々すぎる立ち姿が、何とも不釣り合いで微笑ましさすら感じられた。
「真っ昼間から酒に酔ってケンカか。見苦しいにも程があるぞ。周りの者たちも迷惑している。金を払ってサッサと帰れ」
素人目には華奢な女の子にしか見えないフェリスを、男たちは舐めてかかる。
「んだとコラ」
「金を置いて大人しく帰らないのなら、詰め所にしょっ引くぞ」
「よく見りゃ衛兵隊の隊服じゃねぇか。最近じゃこんなお嬢ちゃんも衛兵隊に入れんのか?」
「しょっ引けるもんならしょっ引いてみろよバーカ」
ピキッ──フェリスが額に青筋を立てる。
「ではそうしよう」
言うなりフェリスは近くにいた方の男の腕を掴んで捻り上げた。
「いでででででっ⁉」
男は振りほどこうとするのだが、フェリスの力が強くて振りほどけない。まるで大蛇に噛みつかれたようだった。
さらにフェリスはそのまま男を片腕で釣り上げた──細腕からは信じらない剛力だ。
男も周囲の野次馬も、信じられないものを見るように目を見開いていた。
「貴様、さきほど私をバカと言ったが──ケンカを売る相手を間違えたバカはどちらかな」
「ぐえっ……!」
フェリスは釣り上げた男の足を払いながら、そのまま地面に叩きつけた。潰された蛙のような悲鳴を上げて、男は意識を失う。
「ひっ、ひぃ~~! バケモンだこの女‼」
もう一人の男の方はフェリスに恐れをなして、尻尾を巻いて逃げ出す。
「化け物とは失敬な。そいつもしょっ引く、逃がすなナハト」
「──承知」
「ぐっ⁉」
フェリスが指示を飛ばすと、逃げ出した男の横合いからスッとナハトが現れ、男の足を引っ掛けた。
盛大にコケた男をナハトは手早く取り押さえる。
「逃げない方が身のためですよ。下手に逃げるとアンタもあんな風になる」
そう言って伸びている男を顎でしゃくると、逃げ出した男は観念したように抵抗を止めた。
途端にワッと周囲から歓声が上がった。
「うおぉぉぉっ! スッゲェ⁉」
「いいぞいいぞ七番隊! いつもありがとうな!」
「キャー! フェリス様、強くて可憐で今日も素敵ねぇ!」
一部始終を固唾を飲んで見守っていた周囲の店や通行人の人々が、フェリスとナハトに喝采を送っている。
「──なんかもう俺ら要らなくね?」
「そッスね……」
同行していたバルダックと新人隊士のミンネスが、ボソリと呟いた。
衛兵団の任務は主には街の巡回であり、その時は隊士四人組で回ることが通例である。
この日はナハト、フェリス、バルダックに、最近入隊したばかりのミンネスという新人隊士という編成だった。
巡回中に何らかのトラブルがあった際は、迅速に対応することが求められるのだが。
「何かあるとすぐにフェリスちゃんがカッ飛んで行くし、大体ひとりで片づけちまうからな……俺としては楽できてありがたいけどよ」
道を歩くバルダックはそんな風にうそぶく。
それにしても──
「なんだかフェリスさん、街のアイドルになってないか?」
「そりゃお前、美人で名門出の貴族な上に正義感が強くて、悪漢を見逃さずに街の治安を守ってるんだ──そりゃ人気も出るだろうよ」
「当然のことをしていただけなのだが、なんだか面映ゆいな」
照れくさそうにフェリスは頬をポリポリと掻く。普段大人びているだけに、こういう所は年相応の少女に見える。
「フェリスちゃんの活躍のお陰で、俺たち七番隊の評判もうなぎ上りだ──七番隊に配属になって良かったぜ」
「バルダックが仕事のことで嬉しがるなんて珍しいな」
「最近、酒場でアステリオンの七番隊だって明かすとモテるんだよ」
「喜び方が不純すぎた……」
ナハトは呆れ顔だが、バルダックはまったく気にした様子を見せない。
「さて、そろそろ巡回も終わりだ──屯所に戻ったらナハト、また稽古を頼む」
「本当に練習熱心ですね」
「──これさえなければ、マジで七番隊サイコーなんだけどな……」
心なしかウキウキした様子のフェリスに、ナハトは苦笑し、バルダックはややウンザリしたように呻いた。
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