第9話

 翌朝、アステリオン衛兵団・団長事務室にて。


「──よって新しく七番隊を設立し、七番隊隊長にフェリス・ヴァンダルムを任命。さらに副隊長としてナハト・アストレイを任命する」

「────は?」


 出勤と同時に事務室に呼び出されたナハトは、同じように各隊から呼び出された隊士と一緒に辞令を受けていた。

 衛兵団も人数が増えてきたので、現在六番まである部隊をさらに一つ増やすという話だったのだが……


(俺が? 新設部隊の……副隊長?)

「それ以下、呼び出された者は本日付で七番隊所属とする。以上!」


 呆気に取らているうちに辞令は終わってしまった。

 事務室を退出すると同時に背中をバシバシと叩かれる。


「おうおう、やったなナハト! 大出世じゃねぇか」


 金髪の軽薄な顔がそこにあった。ナハトは現実感が沸かず呆けたままだ。


「バルダック……どうなってるんだ?」

「そりゃあこっちのセリフだよ。お前、一体何やったんだよ。あの美人な隊長に、何かしたから抜擢されたんじゃねぇのか?」

「特には何も。ただ昨日オレの家に招待して一緒に食事をしただけで──」

「なん……だと……?」


 ぼんやりしたまま受け答えするナハトの返答を聞いた瞬間、バルダックは驚愕して目を見開く。


「お、お前──昨日知り合ったばっかの美人をその日のうちに家に連れ込んだのか……⁉ なんつう手の早さだ」

「待ってくれ、著しい誤解がある」


 ようやく自分がマズいことを口にしたと自覚した時には遅かった。

 バルダックはカッと目を見開いてナハトを見やり、近くにいた他の隊士たちも心なしかぎょっとした顔でこちらを見ている。


「俺よりかお前の方が、よっぽどスケコマシなんじゃねぇか。口説き方のコツとかあるんだったら教えてくれよ」

「やかましいわ!」


 嫌らしい顔で迫るバルダックの顔が無性に苛立たしくて、ナハトはバルダックの脳天に手刀を叩き落とす。


「一応忠告しておくがバルダック。お前それ吹聴したら、こんなモノじゃ済まない──本当に新隊長に殺されるぞ」

「顔がマジじゃねぇか……わーった、これ以上言わねぇよ」

「まったく……ちょっと事情を聞いてくる」


 七番隊の隊舎は以前は物置替わりに使っていた場所で、屯所の隅にある。ナハトが駆けていくと既に七番隊の表札がついていた。


「失礼します」

「どうぞ」


 ノックをすると直ぐに返事が返ってきた。

 中に入ると既に中は整頓されており、必要最低限ではあるが隊長用の机と椅子、その他事務用品などが備えられていた。

 フェリスは椅子に腰掛けて紅茶を飲んでいた。


「ちゃんとノックをするようになったんだな?」


 フェリスには珍しい小悪魔的な表情に、ナハトは少しだけドキリとする。


「それで怒られましたから──ではなくて! オレが副隊長になったのは、フェリスさんのおかげですか?」


 フェリスは鷹揚にうなずく。


「私と団長が強く推薦した。私の補佐を務めるのだから、これくらいの役職があった方が良いだろうと言ってな」

「俺の素行不良というか任務代行に関して、他の隊長たちは追及しなかったんですか?」

「実力のある者が率先して任務をこなしているのだから、それを責めるのはおかしいと言って押し切った」


 清々しいほど強引であるが、何となく理解した。ようは幹部同士でのパワーバランスが変わったのだ。

 アステリオン衛兵団は身分を問わず、衛兵として戦える者を登用している。その為ほとんどが平民上がりか、元々貴族であっても地方の貧乏貴族やその次男坊といった面子が大半だ。


 そこへ名門貴族のフェリスがやってきたのだ。

 各部隊の隊長は全員が元々貴族──騎士であったがその階級は低い。組織の長である団長とフェリスが良しと言えば、他の隊長たちは異を唱えられなかったのだろう。


「それに言っただろう。私を支えてくれるかという問いに、報酬次第だと。今回の抜擢はその報酬だと思ってくれ」

(思い切りがいいなぁ……)


 たしかに副隊長ともなれば給料の面で優遇される。平隊士の時よりも、多少余裕ができそうだ。


「これでそなたが不祥事を起こしたり、働きが不十分であると思われれば、私も団長も立場がない──昨日も言ったが、是非ともより一層の活躍を期待する」

「……承りました」


 しっかりとうなずくナハトを、フェリスは満足げに見やる。そして椅子から立ち上がり、


「さて、七番隊の面々との顔合わせはこれからだが、まだ時間があるな」


 どこからか取り出した木剣を差し出した。


「……なんですかこの木剣」

「さっそく報酬分の働きをしてもらおうと思ってな。私に稽古をつけて貰いたい」


 フェリスは自分の木剣を反対の手に携え、やる気満々といった風である。


「もう既にフェリスさんは一流と呼べる腕前では」

「その私に決闘で勝ったのはそなただろう。私はそなたから薫陶を受けたい。騎士としてより強く、高みに至るために──まさか報酬を受けておいて、断りはしないだろうな?」

「フェリスさんもオレの扱いが分かってきたようで」


 ナハトは守銭奴であっても詐欺師ではない。


「報酬をもらった分はきっちり働くのが俺の流儀です──委細承知しました」


 ナハトは木剣を受け取ると、フェリスと一緒に練武場に向かった。

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