第5話
決闘の後、ナハトや他の隊士たちはそれぞれの持ち場に戻って行き、フェリスと団長も事務室に戻った。
「それでは取り決め通り、フェリス嬢の補佐にナハトをつけるという事で異論ありませんな」
「騎士に二言はありません。それと私は既に衛兵団の一隊士です、敬称は不要に願います」
表情こそ沈んでいるが、それでも気丈にフェリスは答える。
「うむ。それではフェリス、今後の隊の編成なのだが──」
「その前に一つ、お聞かせください」
「何だ?」
「あの男は何者なのですか?」
「──ナハトか」
フェリスは小さくうなずく。
決闘でナハトはフェリスの木剣を打ち落として決着とした。おそらくだが普通に打ち込んで一本とることも出来ただろう。
しかしフェリスを打ち据えては角が立つと考え、ああいう形での決着に持ち込んだのだ──ある程度以上の腕前があれば、ナハトの方が強いと目に見えて分かる形で。
ナハトがタダ者ではないことは明白だった。
「あの失礼な男の事を、私は何も知りません。補佐につけることに口は挟みませんが、人となりについて団長からお聞かせ願いたい」
フェリスがナハトについて知りたくなるのも当然か──そう思った団長はポツポツとナハトについて話し始めた。
「そうさな……名前はナハト・アストレイ。歳は21で三番隊所属の平隊士だ。剣の腕に関しては──立ち合った通りだ」
「今まで立ち合った事のない、不思議な剣筋でしたが……一体どこであんな剣術を?」
「私も詳しくは知らん。何でも数年間、ふらりと現れた剣士に師事して、東方の剣術を習ったとかぬかしていたが」
「東方剣術……私の剣の師である父から聞いたことがあります、遥か東方では我々とはまったく違う理合を持った玄妙な剣術がある、と」
(だとすればあの男の技には納得がいく……本当に見たこともない極限の神業だった)
脳内で先ほどの剣戟を反芻し、フェリスは内心で一人ごちる。
「それと知っての通り腕は立つが、それ以上に金にがめつい奴でな。隊士たちからは
「何故、あれ程の使い手が平隊士なのですか。もっと上の位についても、問題ない腕前だと思いましたが」
「それがそうも行かんのだ。奴は他の隊士の危険な任務を代行して、その分の金を貰うという事を度々繰り返していてな。兎にも角にも金々とうるさい」
「それで守銭奴ですか」
フェリスは臨時給与を出すと言われた途端に雰囲気を一変させたナハトを思い出す。
団長は渋い顔で眉間を押さえる。
「役職がつくとなれば、対外的にもまともな人間を置かねばならん。任務代行で金を稼いでいる素行不良な人間の役職を、おいそれと上げるわけには行かんのだよ」
「それで未だ平隊士のままだと」
団長は首肯する。
そこでフェリスは疑問に思った。
「何故、あの男はそんなにも金に拘るのですか?」
「気になるかね」
「ええ、あの男の剣の腕は本物です。真摯に訓練を積み重ねなければ──才能だけでああはならない。それだけに、あの男のプライドの無さは気にかかる」
フェリスの知っている強者とナハトの立ち振る舞いが、どうにも重ならないのだ。
立ち合った後だから余計にそう思う。
ナハトの剣技には、本人の態度のような俗臭さがまるでなかった。
才能だけであれほどの絶技は成し得ない──ナハトが真摯に鍛錬を積み重ねたであろうことは明白だ。
それだけにナハトの卑しい態度が解せない。
「訓練を積み重ね、技量を上げた人間はそこにプライドと自負を持つようになり、卑しい行いはしない。出来なくなるのが普通です。しかしあの男は金の為に戦うと、憚りもなく公言している。それがどうにも腑に落ちません」
「ふむ……」
団長は顎を撫でさすりながら思案げに視線を彷徨わせる。わずかな逡巡の後に、声のトーンを落として話し始めた。
「奴の名前、アストレイという姓に聞き覚えはあるかね」
「いえ、ありません。変わった名だとは思いましたが」
「だろうな。奴の姓は勝手に名乗っているだけだからな」
姓を勝手に名乗っている──それが意味するところをフェリスはすぐに理解する。
「ここまで言えば分かるだろう。奴は元孤児なのだよ」
「十年前の戦ですか」
帝国は建立以来、周辺の小国を侵略・併合しながら徐々に大きくなった国だ。数年置きにどこかしらで戦争をやっている。
戦災孤児が増えるのは避けられない。
ナハトもそういった数多いる孤児のひとりだったという事か。
「底辺から這い上がったゆえに、金にがめついと?」
「それもあるだろうが、それだけではない」
「ではなんですか?」
「それについてだが──」
セリフの途中で、団長はいたずらっ子のように表情を変える。
「ここで言うのは止めておこう。私の口から言うより、君がその目で確かめた方が良いだろうからな」
「……はあ」
団長の表情の変化に戸惑いつつ、フェリスは曖昧にうなずいた。団長には何か考えがあるのだろう。
「……随分とナハトを買っているのですね」
「そうか?」
「思えば私の補佐に付けようとしたり、決闘の際に臨時給与を出すと言ったりと、団長の言動はナハトを高く評価していなければ出ないものだと思いまして」
「──なるほど。確かにそうかもしれん」
団長は苦笑する。その表情は、親バカな父親のようにも見えた。
「改めて言うが、奴の腕は超一流だ。あの歳であそこまでの高みに至った剣士はそうはおるまい──だが、私が奴を評価しているのは何も腕だけではないのだ」
それは一体何なのか──と視線で訴えるフェリスに、団長は唐突に話題を変えた。
「フェリス、君の考える騎士とはどんな存在かね?」
「……?」
脈絡もなく振られた問いに、フェリスは戸惑いながらも思考を巡らせる。
「そうですね……騎士とは武をもって民を守り、救う者……弱き者を守るために苦難に耐え、我が身を省みずに戦う者のこと──だと思います」
「ふふっ、そうか。それを聞いて安心した」
団長は満足そうにうなずいた。
「その定義に従うならば、ナハトは立派な騎士だ」
「えっ?」
思わずフェリスはつぶやいた。
(あの男が立派な騎士?)
臨時給与が出ると言われるまでまともに戦おうとしなかったナハトの、騎士の誇りなど知ったことか言わんばかりの姿がフェリスの脳内に再生される。
その姿と『立派な騎士』という単語が、フェリスにはどうしても結びつかなかった。
「今は分からないかもしれないが、奴を見ていたらそのうち分かるだろう」
戸惑うフェリスを団長は微笑ましく見ている。
「君の補佐官になる者だ。フェリス、君の目でしかと見極めてみるといい」
「……はい」
フェリスは団長に頭を下げ、事務室を後にした。
(一体何があるんだ?)
ぼんやりと屯所を眺めつつ、フェリスは物思いにふけっていた。
団長があそこまで言うからには、ナハトにはきっと何かがあるのだろう──フェリスには皆目見当もつかないが。
(『君の補佐官になる者だ。フェリス、君の目でしかと見極めてみるといい』──か)
団長の言葉を反芻し、フェリスは脳裏にナハトの姿を思い描く。
立ち合ったせいかわずかにしか相対していないはずのナハトが鮮明に思い描ける──すぐに思い浮かぶのは、給与を出すと言われた時のニヤリとした笑み。
そして「──興味があるのは、銭をくれるのかだけですよ」という言葉。
やはり今思い出しても、とても立派な騎士には思えない。しかし確実に何かがあるのだ。
(ならば、しかと見極めさせてもらうとしよう──!)
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本作をここまで読んで下さり誠にありがとうございます。
この作品はどこかのラノベの賞に出そうと考えておりますので、
・ちょっとここが分かりづらかった
・もっとこうした方が良いんじゃないか
等々、改稿する際の参考にしたいので、感じたことはなんでもコメントしていただけたらと思います。
何卒よろしくお願い申し上げます。
十二田明日
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