第3話

 屯所には衛兵団という仕事の性質上、当然のように練武場が存在する。ナハトたちは練武場に移動した。


 早朝ではあるが自主練習を行っている隊士も数人おり、そこでフェリスは何かを思いついたように口を開く。


「油断していたと言い訳されるのも面倒なので、一度私の腕前を披露しようと思うのですが」

「ほう、それはどのように?」

「あちらの隊士数人に声をかけ、先に彼らと立ち合うのです。それで私の腕前をお見せしましょう」

「良いのか。先に剣を見せて」

「多少剣を見せた程度で不利にはなりませんよ。彼らほどであれば、肩慣らしにちょうどいいでしょうし」

「ふふっ、言ってくれる」


 団長は苦笑しながらもフェリスの申し出を承諾し、フェリスは先に他の隊士と立ち合うこととなったのだが──


「はあああああああぁぁぁっ!」

「──ぐっ⁉」


 フェリスはその細身からは想像も出来ない力強い打ち込みで相手を崩し、そのまま押し切って一本を取ってしまう。

 他の隊士二人とも立て続けに勝負して、同じような展開でフェリスは息を切らすこともなく圧勝してしまった。


 見た目にはごく普通の貴族の子女と変わらないフェリスに、隊士三人が成す術もなく破れた──フェリスの剣腕がいかに優れているかは明白であり、三人目が破れた時にはすでに屯所中から隊士たちが押し寄せていた。

 見物していた隊士たちは口々にささやき合う。


「可愛い顔に反比例するようなおっかねぇ剣だぜ」

「まるで小さな竜巻みたいだったな。打ち込みがとんでもなく強烈で──空振りの音だけでも背筋が凍る勢いだぜ」

「そういやあの娘の名前、フェリス・ヴァンダルムって言ったよな?」

「ヴァンダルムって言やぁ剣の名門で有名だぜ。てことはあの娘、ヴァンダルムの『剣の姫』か」

「これはさしものナハトも危ねぇか?」


 バルダックの意地の悪い声を地獄耳で拾いながら、ナハトはげんなりと肩を落とす。


「──有名人なんですね」

「知らずに決闘を受けたのか」

「世間のことには疎い方でして、知ってたら絶対団長に反対してたんですけどねぇ」

「今更逃げるなどと言うなよ。貴様はこの手で討ち倒せねば気が済まない」

(血の気の多い娘だ……)


 ギロリとフェリスの送る鋭い視線を、ナハトは視線を逸らして受け流す。


「腕前を見せるのはこれくらいで十分でしょう。そろそろ決闘を始めてよろしいでしょうか?」

「うむ。二人とも木剣を持って試合場に上がれ」


 団長に促され、それぞれ木剣を携えて試合場の中央、5~6メートルほど離れて対峙した。


「お手柔らかに」

「……」


 ゆるゆると正眼に構えるナハトに対して、フェリスは八双──右肩に担ぐように木剣を構える。利き腕の力を活かし、振りかぶることなく斬り込む──そんな構えである。


 今すぐにでもナハトを叩きのめしてやろうという、フェリスの心の声が聞こえるようだった。


「おっ、ナハトの奴もあのスッゲェ美人と立ち合うのか⁉ おいナハト! 怪我させたら承知しねぇぞ‼ いっそお前がやられちまえ!」

(バルダックの奴、勝手な事を……)


 あとで向う脛を思い切り蹴ってやろうとナハトは心に決め、チラリとフェリスを伺う。

 少々野次がやかましいが、フェリスの集中が乱されている様子はない。


(さっきの立ち合いの内容もそうだったが……どんな状況でも集中を乱されないのは高い技量の証拠──かなり出来そうだ)


 そんな相手と戦わねばならないのかと、ナハトは気が重くなる。

 ナハトたちから離れた位置に審判役の団長が立ち、スッと手を上げ──決闘の開始が宣告される。


「では尋常に──始め!」


 開始と同時にフェリスは飛び出した。


「はああああぁぁーーー!」

(速い!)


 安全圏だと思われていた距離を一瞬で詰め、裂帛の気合と共に強烈な一撃をフェリスは繰り出す。

 利き腕上段からの斜めの振り下ろし──袈裟斬りというやつだ。


 まともにもらえば左肩を砕かれる。

 ナハトはなんとか木剣で受けるが、


(速いだけじゃない、重い!)


 踏み込みの重心移動と連動させて繰り出された袈裟斬りには全体重が乗っている。まさに渾身の一撃だ。

 それが予想以上に重い。とても受けきれるものではなかった。


(受けごと持っていかれる……!)


 咄嗟にナハトは体を捌きつつ木剣を受けるのではなく、受け流す防御に切り替えた。


「──ほう」 


 フェリスの一撃は軌道を逸らされ、ヒュンと虚空を斬る。

 ナハトが反撃──に出るよりも先にフェリスの二撃目、横薙ぎがナハトの胴を襲う。


(受けたらマズい!)


 今度は受けることなく、ナハトは飛び退いて距離を取った。

 フェリスは少し感心したように眉を上げる。


「無理に受けていれば防御ごと押し切ってやったのだが──少しは出来るようだな」

(なんという剛剣……!)


 こんな打ち込みを喰らえば、骨の一本や二本など容易に折れてしまうだろう。

 はたで見ていた時から力強い打ち込みだと思ってはいたが、想像以上だ──恐ろしい威力である。


「その細腕でどうやってこれ程の威力を……?」


 思わず言葉が口を突いた。

 フェリスの攻撃の威力は異常だった。フェリスは貴族の娘らしい細身の体つきをしており、どう見てもこんな剛剣を振るえるようには見えなかった。


「何、ただの特異体質だ。私は生まれつき人よりも筋力が強くてな。並みの男なら力比べで私が圧倒できる」

「その通りのようですね……」


 事実、フェリスに負けず劣らず細いナハトでは、まったく太刀打ちできない打ち込みの強さだった。


(このプレッシャー、まるで大男と向かい合っているようだ……)


 フェリスは一瞬だけ野次馬ギャラリーに視線を送ってから、また仕掛けた。容赦のない猛攻がナハトを襲う。


(……なるほど)

「俺への私怨だけじゃなくて、自分の力量を周りへアピールするために出来るだけ派手に俺を打ちのめそう──という魂胆か」


 女だてらに衛兵団に入り、騎士として働こうというのだ。相応の実力がなければ舐められる──だからナハトを派手に打ちのめしたいのだろう。


「分かっているではないか、では大人しく打ちのめされろ!」

「遠慮しておきますよ。こんな一撃をまともにもらったら、骨の一本二本では済みそうにない」

「その時は魔術治療院にでも行くんだな!」

「あんな高いとこ、誰が行くか!」


 ナハトは負けじと言い返して打ち込まれフェリスの木剣を受け流しつつ、内心で別のことを考えていた。


(……さてさて、どうしたものか)


 胸中でナハトはぼやく。

 こんなに打ち込みが重いとあっては、下手に喰らう訳にはいかない。


(上手く一撃もらうのも一苦労だな──)





 唸る剛剣を右へ左へとひらりひらりと躱し、時に払って木剣の軌道を変え、ナハトはフェリスの連撃を捌き続けていた。

 それが精一杯なのだろうか、一撃も打ち返してこない──それをフェリスは訝しむ。


(何か狙っているのか?)


 まずは言葉で探りを入れる。


「どうした逃げてばかりか?」

「……」


 フェリスの舌鋒に対してナハトは無言のままだ。


「言い返す気概もないか、臆病者め!」


 挑発的なセリフでナハトを煽るが、当のナハトは眉一つ動かさないでいる。


(面罵されても何一つ反応がないとは……コイツにはプライドがないのか?) 


 それとも──この程度では動じないほどの覚悟の持ち主なのか。


(いや、そんなはずはない。この男はただ竦んでいるだけだ!) 

「──やああぁぁぁっ!」


 そう言い聞かせてフェリスはまたガムシャラに攻める。ナハトは無言のまま、冷静にフェリスの太刀筋を見ていた。

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