第2話

 屯所の奥にある幹部隊舎、そのさらに奥が団長の事務室になっている。

 それなりに高価で格式のある調度品でしつらえられた事務室に、ナハトは先ほどの少女と並んで立っていた。


 二人の向かいには焼けた肌の壮年の男性──アステリオン衛兵団の団長が、事務机の上で手を組み座っている。

 団長は上背はないが鍛えられた体をしており、いかにも歴戦の勇士とでも言うべき貫禄があった。

 しかしそんな貫禄など感じさせないような気さくな態度で団長は口を開く。


「色々と手違いがあったようで申し訳ない。紹介しよう、この度我らがアステリオン衛兵隊に入隊するフェリス・ヴァンダルム殿だ──フェリス嬢、こちららの男は三番隊所属のナハトという」

「……」


 フェリスは仏頂面のまま、ナハトを睨み続けている。人の悪意に疎いナハトでも、ここまであからさまな態度を取られたら分かる、


「……なんか滅茶苦茶怒ってません?」

「当たり前だ!」


 弾けるようにフェリスの声が木霊する。至近距離で怒鳴られたナハトの鼓膜に、多少の痛みが走った。

 頬を赤らめながら刃物のような鋭い眼光でナハトに食ってかかる。


「貴様分かっているのか不埒者め! 貴族の娘が肌を見られたのだぞ!」

「あ~……えっと……」

「生涯、伴侶にしか見せぬはずのものを見られたのだ。それがどれだけ大事か分かっていないのだろう!」


 正直貴族ではなく、まともな教育を受けていないナハトに、フェリスの言っている感覚は全く分からない。

 返事に窮するナハトの脇から、団長が口をはさむ。


「それならこの男を伴侶にしては如何か」

「は……?」


 団長からの唐突な言葉に、フェリスはさらに顔を赤くしてまた固まってしまう。ナハトと違って目上の人物である団長には、ツッコミづらいのだろう。


「団長、冗談が過ぎますよ」

「はっはっはっ、すまん。どうやら私にユーモアのセンスはないらしい」


 団長としては助け船を出したつもりだったようだ──突拍子もない会話でフェリスの怒気が削がれたのは、結果的に功を奏したと言えるかもしれない。

 ……よりフェリスを怒らせたかもしれないが。


「フェリス嬢の入隊は幹部しか知らない状態だったからな。今日の集会で周知するつもりだったのだが、それが裏目に出たようだ。誠に申し訳ない」

「あれっ? という事は、オレの落ち度ではないのでは?」

「──もう我慢ならん! その男、私が叩き切ってやる‼」


 ナハトの態度がフェリスの神経を逆なでするのだろう。フェリスは一瞬で腰の長剣を抜き放った。


(あんな長剣を軽々と──)


 などと関心している場合ではない。


「ちょっと裸を見られたくらいで乱暴だな」

「ちょっとだと⁉ 貴様……!」


 ギリギリと奥歯を噛みしめ、フェリスはいままさに剣を振り下ろさんと大上段に振りかぶる。

 どうやらナハトが口をきくと、ことごとくフェリスを怒らせてしまうらしい。団長は頭を抱えた。


「ナハト、お前は少し黙ってろ」

「はい……」

「叩き切るとは穏やかではありませんなフェリス嬢。どうかそれは勘弁していただきたい、その男は貴方の補佐につけようと思っていた男でして」

「こんな男をですか?」


 フェリスは大きく目を見開いて団長とナハトを何度も見やる。


「ええ。こんな男をです」

「(……失礼な)」


 思わずぼそぼそと抗議の声を出すナハト。

 そんなナハトには構わず、今度は団長に食ってかかるフェリス。


「嫌です。こんな男を私の補佐につけるなど、悪い冗談にも程がある!」

「この男では不服ですか」

「もちろんです! 私は騎士としてここに入隊します。このような見るからに弱そうな男をそばに置きたくはありません‼︎」

(この人の方が失礼じゃないのか?)


 ナハトが首を捻り、団長はフッと頬を緩めた──いたずらっ子のようにニヤリと笑う。


「ふむ。それでは決闘で決めるというのは?」


 どことなく煽るような、挑戦的な目で団長はフェリスに問いかける。


「古来より騎士の揉め事は決闘で決めるのが慣わし──そこのナハトと木剣で立ち合い、敗れたら今回の件は不問にして補佐につける──如何ですかな?」


 フェリスはもう一度ナハトをチラリと見てから頷いた。


「いいでしょう。騎士として生きると決めた以上、我が道は剣にて拓きます」


 このような男に負けるはずがないとでも思っているのだろう、その目は烈火のごとく燃えていた。


「それと──」


 燃え盛る瞳とは裏腹な冷たい声色で、フェリスは念を押す。


「木剣とはいえ決闘するのですから、骨の一つや二つ、へし折っても文句はありませんね」


 かくしてフェリスとナハトは木剣での決闘を行うことになったのである。

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