いずれ剣聖にいたる帝国の守銭奴
十二田 明日
第1話
帝都の北西部、街の一角に煉瓦の塀で覆われた物々しい建物がある。帝都北西部の治安維持を担当する、アステリオン衛兵団の屯所だ。
そこに一人の若い男が入っていく。
ひょろりと背は高いが瘦せ型の男で、一応衛兵団のマントは羽織っているが、その下の衣服は継ぎ接ぎだらけという有様──パッと見には全く兵士のようには見えない。
年のころは二十歳前後だろうか。
帝国では珍しい、湾曲した刀身を持つ剣を腰に帯びている。剣術に詳しいものが見れば、拵えこそ帝国風だがそれが『太刀』と呼ばれる東方の刀剣だと分かるだろう。
なんとも奇妙奇天烈ないでたちの男──ナハトは慣れたように屯所の門番に軽く会釈し、そのまま屯所の中央の屋根だけがある吹きさらしの休憩スペースに向かった。
「ようナハト、今日は早いな」
休憩スペースには数人の隊士がたむろしており、その中の一人が声をかける。
「おはようバルダック」
ナハトに声をかけたのはバルダックという同僚だった。金髪の若い男で、こちらもあまり兵士らしい男ではなかった。
見るからに軽薄そうな雰囲気や面構えは、こんな衛兵団の屯所よりも、酒場で給仕の女性にじゃれているほうが似合うだろう。
ナハトが笑顔でスッと手を出すと、バルダックは首を捻る。
「なんだこの手は?」
「この前に死番を代わってやっただろ。その時の金がまだだ」
「チッ、お前このためにわざわざ早く来たのか」
バルダックは顔をしかめた。
ナハトは衛兵団の仕事で『死番』と呼ばれる特に危険な仕事をしなければならない時に、金でその仕事を代行することがあった。
今日はその取り立てだ。
バルダックは仕方ねぇなと財布から報酬分の貨幣を取り出す。
「ほらよ」
「足りないな」
「アン?」
「遅れた分の利子も出せ」
もっと寄こせとナハトはさらに手を差し出して煽る。その様子がなんとも俗っぽくて浅ましい。
バルダックは苦虫を嚙み潰したような顔で、さらに追加の報酬を払った。
「本当に抜け目ねぇ野郎だな
「褒め言葉として受け取っておこう」
バルダックの皮肉も何のその──特に気にした素振りもなく、ナハトは受け取った報酬を自分の懐にしまって休憩スペースを後にした。
屯所の中にはいくつもの細長い建物が建っており、それぞれが六つある部隊の隊舎になっていた。
自分の隊の隊舎にいつも通り入──ろうとしてナハトは違和感を覚える。
(ん? 人の気配)
今日はかなり早朝に隊舎を訪れた。他に隊士はいないはずである。
(まさか盗人か?)
勢いよくナハトは扉を開ける。
「何者だ!」
隊舎に踏み込むと、そこには──半裸の美少女がいた。
「……」
ナハトの思考が硬直する。予想外の出来事に動けないでいた。
「……」
そしてそれは美少女の方も同じだったようだ。呆けた顔のまま、無言でナハトを見ている。
髪は薄い色味のブロンドで、絹糸のような滑らかさだ。
ほっそりとした顔立ちにやや釣り上がった目尻は強い意志を感じさせる。肌には瑞々しい果実を思わせる張りがあった。
何より目を引くのはその豊かな胸だろう。胸元が大きくはだけて、大分と肌が露出している。手を後ろに回しているところから見て、コルセットを締めなおしている途中のようだ。
左腰に幅広の長剣を帯びているのが何とも無骨であるが、その長剣の無骨さも少女の美しさを損なう事がなく──むしろ少女の可憐さを引き立てているようでもあった。
どれだけそうしていただろう。
二人が停止したまま流れた時間は、大分長かったようにも思えるし、ほんの数秒だったかもしれない。そのどちらかも分からないほど、どちらもこの現状に理解が及ばないでいた。
しかしそれも永遠ではない。
「キャーーーー!」
「──ぐぼはっ⁉」
衛兵団の屯所には似つかわしくない絹を裂くような悲鳴が響き渡り、一瞬遅れて超高速のビンタを喰らったナハトの悲鳴が少しだけ響いた。
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