第2話 いじめ

 五歳になりスキルを授かった子どもは六歳までの一年間、教会で読み書き計算を習うんだ。但し家の手伝いなどもあるから午前と午後のどちらかを選ぶんだけど、僕は午前中にお母さんの手伝いをして、午後から教会に行くことにした。


 水やりや畝の手直し、それから収穫なんかを午前中にお手伝いして、お昼を食べてから教会に向かうんだ。タマリちゃんはお手伝いの内容がその日によって違うから午前と午後が毎日バラバラなんだよ。


 それでも午後に行く時は僕と一緒に行って一緒に帰ってくれる。

 ヤーラちゃんは午後からが多いから良く一緒になるんだ。


 習うのは曜日ごとに変わっていて、月曜日は読み書き、火曜日は計算、水曜日はお休みで、木曜日は計算、金曜日は読み書き、土曜日、日曜日はお休みだよ。


 で、問題が一つ……


「おい! 弱虫ローラン! お前、今日は俺たちに付き合えよ!!」


「そうだ! いつもヤーラやタマリと一緒にいやがって! 今日は俺たちがお前を鍛えてやる!!」


 そう、コルトくんとモーケンくんが僕が一人の時に言ってくるんだ。僕は必要ないから良いよって言うんだけど二人ともしつこくてね。


 そして今日はとうとう帰る前に二人に捕まってしまったんだ。


「へへへ、今日は逃さないぞ! おい、モーケン。お前はこいつの後ろを歩け」


「ああ、分かった。コルト」


 コルトくんは木剣を、モーケンくんは長い木の棒を手に持っているよ。


 僕も家でお父さんに体術や剣術を教えて貰っているけど、普段から木剣なんかは持ち歩いていない。だから素手なんだけど、二人ともそんな事は気にしてないみたいだ。


「二人に鍛えてもらわなくても僕はお父さんに教えて貰ってるから別に鍛えて貰わなくてもいいよ」


 僕の言葉にコルトくんが笑う。


「へっ!! お前の父親はスキル剣術じゃないだろ? 弓矢の腕を上げるスキルだろうが。だから俺が直々に剣術をお前に教えてやるよ!!」


「俺は槍術を教えてやる!!」


 こういうのを親切の押売りって言うんだっけ? ってアレ? そんな言葉は誰にも習った事が無いよ。どうしてそんな言葉が頭に浮かんだんだろう?


 突然頭に浮かんだ言葉に僕が困惑してたらいきなりコルトくんに殴られた。


「うわっ!? 痛いっ! 何をするの、コルトくん、痛いじゃないか!」


 僕はコルトくんに抗議する。すると


「バカか、お前は? 今から俺が稽古をつけてやるって言ってんだろうが!!」


 そう言って手にした木剣を振りかぶり僕に振り下ろしてきたんだ。とっさに何とか躱したけど、それがいけなかったみたいで、コルトくんは怒って僕に向かって木剣をがむしゃらに振ってきた。


 お父さん仕込みの体術で何とか躱す僕だけど、スキル剣術を発動したコルトくんの斬撃は段々と鋭くなってきたんだ。躱しきれずに僕の腕や胴をかすめる木剣。それでもまだコルトくん一人なら何とかなると思ったその時だった。


 後ろからモーケンくんが棒で僕を突いたんだ。背中を突かれて前のめりになる僕の肩をコルトくんの木剣が強かに叩いた。


「うわーっ!! い、痛いーっ!!」


 僕はその痛さに叫んでしまった。するとハアハア息を切らしながらコルトくんがこう言ったんだ。


「ハアハア、おい、今日の稽古はここまでにしといてやる。ハアハア。明日から、俺とモーケンが、ハアハア、お前に稽古をつけてやるから、ヤーラやタマリに何か言われても俺たちと、ハアハア一緒にここに来るんだぞ!! いいな!!」


 そしてモーケンくんも、


「フンッ! お前みたいな外れスキルが俺たち優秀なスキル持ちと稽古が出来るんだ、有り難く思えよ!」


 そんな風に言って二人とも去っていった。僕は突かれた背中と打たれた肩が痛くて、その痛みが鈍痛になるまでその場から動けなかった。


「僕は稽古なんてして欲しくないのにどうして?」


 ただただそれだけが僕の頭の中を巡っていたんだ。痛みが何とか鈍くなってきたから家へと帰るとお母さんとお姉ちゃんが心配していた。


「今日は遅かったのね、ローラン。どうしたの?」

「ローラン、顔色が悪いよ、何かあったの?」


 お母さんとお姉ちゃんにそう聞かれたけれども心配をかけたくなくて僕は友だちと遊んで遅くなったから怒られるかと思ってと言い訳をしたんだ。

 お母さんもお姉ちゃんもそれなら良かったって納得してくれて、お友だちと遊ぶならもう少し遅くても大丈夫よって言われてしまった。


 早く帰って来いって言って欲しかったんだけどなぁ……


 その日、帰ってきたお父さんとの体術の稽古の時に僕の動きが悪いのを見てお父さんが体調が悪いのかと聞いてきたけど、やっぱり心配をかけたくなくて僕は、


「ううん、友だちのコルトくんとモーケンくんが僕を心配して稽古をしてくれてるんだ。その時に僕が躱すのを失敗して背中と肩に攻撃が当たっちゃったんだ」

  

 って言うとお父さんはいきなり怒り出した。


「何だって! まだ五歳なのに木剣と棒を持ってローランに稽古と言って攻撃してきたのか!? お父さんがコルトとモーケンの親に文句を言ってやる!!」


 僕は大事にしたくなくて、必死でお父さんを止めたんだ。


「違うんだよ、お父さん! 僕がコルトくんやモーケンくんにお願いしたんだ。今のままじゃ僕はスキルを持っていても使えないから、少しでも自分やお母さん、お姉ちゃんを守れるように強くなりたいんだって言ってお願いしたんだよ!」


 事実は違うけど、この村であの二人の親に文句なんて言ったら僕たちの家は孤立してしまう。だから僕は必死でお父さんを止めたんだ。コルトくんの父親は副村長だし、モーケンくんの父親は農業組合の副組合長だからね。


「う〜ん、本当か、ローラン? もしもいじめられてるんだったら直ぐにお父さんに言うんだぞ。お父さんは何時でもお前を助けるからな」


 とりあえず納得はしてくれたお父さんにホッとしながら僕は頷いた。

 僕が我慢すれば大丈夫なんだからと心に誓いながら。


 その日から、僕の地獄のような日が始まったんだ。月曜日、火曜日、木曜日、金曜日の四日間は稽古と称したいじめをコルトくんとモーケンくんから受ける日々。


 一対一なら何とか躱せていたんだけど、二人とも僕をいじめるうちにスキルの研鑽になったのか段々と鋭くなってきた攻撃を躱せなくなってきたんだ。

 そして一年が過ぎて六歳になった僕はやっとこの地獄のような日が終わったと思ったんだけど……


「おーい、ローラン。手伝いは終わったんだろ? 今日も稽古しようぜ!」


 何と僕の家までコルトくんやモーケンくんが誘いに来るようになったんだ。

 実を言うとお父さんだけじゃなくてお母さんやお姉ちゃんにも僕の様子が可怪しいのはバレていて、あの二人にいじめられてるんじゃないかって何度も聞かれたんだけど、僕は全力で否定していた。


 それも六歳になったら終わると思っていたからなんだけど…… まさか家にまで来るなんて!!


 僕はそれでもまだ我慢をする事にしたんだ。最近は二人とも伸び悩んでいて、コルトくんの斬撃もモーケンくんの刺突も何とか躱せるようになってきたから。二人掛かりの攻撃でも軽い打ち身程度で済むぐらいだからね。

 それが面白くなくて二人は意地になってるみたいだけど。このまま二人が飽きるまで付き合えば良いだけだと思ってたから。


 けれども、六歳の中頃に二人が急激に力をつけ始めたんだ。スキル剣術の派生スキルであるスラッシュをコルトくんが身につけて、スキル槍術の派生スキルであるスタブを身につけた事によって僕の怪我が増えていったんだ。


「へへへ、ローラン、お前のお陰で俺たちは派生スキルを覚えたぜ。派生スキルはまだまだあるから、全部を覚えるまで稽古をつけてやるからな」


「次は俺はモウドーンを覚えるまで薙ぎ払うからな!」


 二人がそう言って去っていった後にタマリちゃんが来てくれた。


「ローくん、もうあの二人と稽古なんてするのを止めようよ。私からローくんのお父さんに言って上げる」


「ダメだよ、タマリちゃん。うちが村で孤立しちゃうから……」


 タマリちゃんは泣きながらスキル神農で作れるようになった薬草で僕の怪我を治してくれる。

 薬草だけだと完全には治らないけど、痛みはかなりマシになるんだ。


「有難う、タマリちゃん。でもお父さんやお母さんには何も言わないでね」


「う〜…… でも、このままじゃローくんが……」


「僕は大丈夫だから! それにタマリちゃんがこうして怪我を治してくれるし」


「でも、本当にダメだと思ったらちゃんと私に言ってね、ローくん」


「うん、約束するよ、タマリちゃん」


 そして、その後も稽古と称したいじめは続いて、七歳になった時に二人のうち、モーケンくんのスキルによって僕は大怪我を負う事になったんだ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る