第6話

「あの時、どうして止めたんだろう」


 俺は無意識に言葉を溢していた。

 涼が自殺しようとした、あの日、あの時。彼が死んでいたら、死体をきちんと食べれたかもしれない。冷たくなった頬にキスを落として、首筋に歯を立て、薄い皮膚を噛みちぎる。それを繰り返し、彼は俺の一部になる。

 後悔の念がじわじわと俺を蝕む。何故、止めたのだろう。あの日、止めなければ、俺は……。

 俺はようやく、なぜ涼があんな行動をとったのかやっと理解できた。

 そうだ。彼は正しかった。俺は彼が死ぬ瞬間を見ていないし、死体を食べることができなかった。彼は道路の隅で静かに息を引き取っただろうし、彼の死体は焼かれ、灰になるだけだ。

 彼は、全てを見ていて欲しかったのだ。愛する俺に。死という、最期のひとときを、他の誰でもない、俺に。

 そして、食して欲しかったのだ。そうすれば、永遠に共にいることができる。

 きっと、彼なりの俺に対する、最大限の愛情表現だったのだ。歪んでいて、不気味で、変ちくりんな、彼なりの────。

 今更、涼が考えていたことが理解できて、そこでようやく涙が溢れ出た。


「う、うぅ、う、う……」


 彼を食べたい、彼を食べたい。彼を食べて、その肉を俺の体内で消化したい。けれど、もうそれは叶わない。ベッドに顔を埋め、声を殺して泣いた。「ねぇ、泣かないで」。涼の声が聞こえた。幻聴だ。そんなの、俺が一番知っている。

 一人で住まうには広すぎる部屋に、情けない嗚咽が響いた。



 道路に血が散っている。俺はその跡を目線で追った。彷徨う瞳が捉えたものは、横たわった涼だ。割れた額、折れ曲がった脚。淡いグレーのTシャツには赤色が滲んでいる。震える体をなんとか奮い立たせ、涼の元へ向かう。彼のそばで膝を突き、体を抱き上げた。ぐったりとした涼は、薄らと目を開け俺を見つめた。


「涼」


 名前を呼んでみる。その声は掠れていた。口の中に溜まった唾液をなんとか嚥下し、もう一度、名前を呼ぶ。「涼」。冷え切った頬へ手を伸ばす。緩やかに撫で、感触を確かめる。

 涼は浅く呼吸をしていた。けれど、手を施したところで彼がどうにもならないことは明白だった。「涼」。口の端から血を流す涼が、俺の問いかけに答えるように小さく息を吐き出す。


「死ぬところを、見ててほしい」


 声がはっきりと鼓膜に焼き付く。だらりと仰け反った頭。あらわになった首筋。穏やかに上下する胸元。全てを目に焼き付けた。涼が、眉毛ひとつ動かさず、言葉を漏らす。


「死んだ後は、綺麗に食べてほしい」


 その言葉を最後に、彼は音を無くした。体の筋肉を動かさなくなり、指先は冷たくなっていた。

 俺は彼の首筋に噛みついた。皮膚に歯を立て、引き剥がしてみる。しかし、うまくいかない。今度は顎に力を加えてみた。ブチリと繊維が切れる音が頭蓋骨に響く。引っ張ってみると、皮膚を肉ごと、口の中へおさめることができた。血のしょっぱさが口内にジワリと滲む。咀嚼を何度も繰り返し、喉へ流し込む。美味いとは言い難い味のそれを、繰り返し嚥下する。

 涼の遺体を抱きながら、俺はさめざめと泣いた。



おわり

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[BL]メランコリック・エイリアン 中頭 @nkatm_nkgm

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