第2話
◇
「悩んでることがあるのか?」
「なんで?」
「死のうとしたから」
「死のうとしてる人は、悩んでるの?」
「いや、悩みがある人は死を選ぶ傾向にある。だから、お前がその悩みを抱えてんのかって聞いてんだよ」
「悩んでるように見える?」
宇宙人。俺は宇宙人と会話をしている。形の良い唇が動くたびに発せられる言葉は、異世界の言語に聞こえた。
首吊りを止めた俺は、涼の肩を掴んだ。向かい合い、深く呼吸を繰り返す。心臓を張り裂けんばかりに高鳴らせていた俺とは対照的に、涼はやけに涼しい────そう、名前の通り涼しい顔をしていた。さっき自殺しようとしていた人間とは思えないほどに。
「じゃあなんで死のうとしたんだ」
「……この間、飼ってるハツカネズミが死んだんだ」
「お前、ハツカネズミなんか飼ってたのか」
「うん」
彼が静かに頷く。手のひらに小さなネズミを乗せ鑑賞する様子が安易に想像でき、唇を舐めた。
「僕は彼が死ぬ場面を見届けることができなかった」
「……まぁ、唐突に死ぬしな、動物って」
しょうがないだろう。年がら年中、カゴの中にいる小動物を監視することは難しい。
「でね、火葬したんだ」
「か、火葬……」
ペットを火葬するのは、最近では珍しいことじゃない。けれど、まさかネズミのような小動物まで火葬するのか。俺は知らない世界を宇宙人から聞いて、へぇと頷いた。
「骨壷を渡された時、思ったんだ。死んだら、ただの灰になるんだって」
「……」
「当たり前のことだけど、それはすごく悲しいと思った」
「へぇ」
そりゃ、ペットが死んだら悲しいだろ。俺は当たり前の感性に頷く。ペットを飼った事はない俺だが、その悲しみはわかる。小学生の頃に育てていたカブトムシが死んだ時、わんわんと泣きじゃくったものだ。
「火葬する前に、彼を食べるべきだった。そうすれば、彼を僕の一部にすることができる。骨壷を受け取った時に、遅すぎる後悔をしたんだ」
俺は固まった。何を言っているんだ、こいつは。
「ただ、灰になるだけ。そんなの、僕は耐えられない。僕は、自分の死を誰かに見届けてもらって、誰かに食べてもらいたい。そうすればその人の記憶に僕という存在が一生、こびりつくはずだ」
涼がひどく冷静な瞳で俺を見つめる。
「静海くん」
今や、俺を静海と呼ぶのは涼だけだ。親が離婚して、再婚し、静海隼人から、高橋隼人に変わった。周囲はそれに伴い気を遣って呼び方を変えた。けれど、涼だけは俺のことを静海と呼び続けた。周りはそれを聞いて引いていたが、しかし。俺は彼らしいその仕草に、なんとも思わなかった。
「なんだよ」
「僕が死ぬところを、見ててほしい」
再度そう告げられて、吐き気を覚える。口の中に広がった胃液を唾液で飲み下し、深呼吸をする。
「君の記憶に残りたい。だから目を逸らさず、見ていて欲しいんだ」
彼の声音は冗談を言っている様には聞こえなかった。ため息を漏らしながら、肩を落とす。
「……そんでもって、食って欲しいんだろ? 俺、犯罪者になりたくないんだけど」
「そっか。君が僕を食べると、犯罪になるのか」
彼が顎に手を当てる。お決まりの悩みポーズだ。白く薄い手を凝視し、彼からの言葉を待つ。やがて、自分の首筋を指差した。
「じゃあ、バレない程度にここの肉を噛みちぎって。薄くて、噛みちぎりやすそうだから」
いや、それでも死体損壊とかそういうのに引っかかるんじゃないのか? 知らないけど。そもそも、俺は幼馴染の死体を食うヘキは無い────。
「君の、一部になりたいんだ」
真っ直ぐな瞳が俺を射る。痛いほどの視線に、俺は硬直した。
「死んだら、灰になるだけだ。そんなの、悲しい。だからお願い。僕を食べて欲しい。肉片を咀嚼して、君の胃におさまる。その肉片はやがて消化され、君の一部になるんだ」
つらつらと並べられる言葉に眩暈がする。気色悪さに、顔を引き攣らせた。
「……変なこと、言い出すなよ」
彼の頬に手を当て、項垂れる。冷えたそこは、まるで死体のようだ。笑えない冗談が脳裏に浮かび、やがて消える。視線をあげ、涼を見つめた。
彼は、とても虚無を孕んだ瞳をしていた。
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