[BL]メランコリック・エイリアン

なかあたま

第1話

「死ぬところを、見ててほしい」


 斎藤涼がポツリとそう呟いた。彼の自室、部屋の真ん中には椅子と、天井から垂れた縄がある。縄の先は輪っかになっており「何か」がすっぽりと入るサイズだ。

 涼の真後ろには小窓があり、そこから目が眩むほどの西陽が差し込んでいる。逆光になった彼の表情は分かりづらい。ただ目だけがぼんやりと浮かんでいて、瞳がじっとこちらを見つめていることだけは分かる。深淵にまで引き摺り込まれそうになり、思わず唾液を嚥下した。

 彼の言葉を脳内で一つずつ噛み砕きながら、状況を把握しようとする。額から滑り落ちた汗が頬を伝い、窓から流れる初夏の風と溶け合った。

 涼が動いた。椅子の上に乗り、天井から垂れる縄の輪っかに手を掛ける。一つ一つの音が、耳鳴りがするほど静かな部屋の中に滲んだ。


「目を逸らさないでくれ」


 彼が一言、そう言った。そのまま、首に縄をかける。間髪入れず椅子を蹴飛ばした。

 俺は瞬発的に駆け出していた。彼の体に無我夢中でタックルする。いま思えば、危ない行為だった。首に縄が引っかかっているのに、それを引っ張るだなんて。

 しかし、そんな冷静な判断ができないほど焦っていた。


「っ……!」

「うわ!」


 糸が切れたかのように、床へ二人で転ぶ。何が起こったかわからず固まり、やがて顔を上げた。俺の下にはキョトンとした涼がいて、その首には縄がかかっている。俺に組み敷かれた形になっている彼が天井を見上げ、ポツリと呟いた。


「……フックじゃ、人間の体重を支えられないのか」


 彼の声に導かれるように天井へ視線を投げた。そこには歪な穴が空いている。そして、涼の首に絡まっている縄の先には金属製のフックが付いていた。きっと天井にこれを装着し、そこへ縄をかけたのだろう。運よく、そのフックが体重を支え切れないため、すぽりと抜けたのだ。

 俺と涼の呼吸音が、部屋に響く。不意に彼が思い出したかのように「あ」と声を漏らした。


「言い忘れてた」


 涼が俺を見つめる。黒すぎるその瞳は、まるでブラックホールのようだ。長いまつ毛に覆われたそこは、瞬きすることなく固まったままだ。


「死んだ後は、綺麗に食べてほしい」


 俺は涼の妙に冷静な声を聞き、大袈裟なため息を漏らした。

 そのまま彼に覆い被さり、情けない声を吐く。


「なんなんだよ、お前ェ……」



 涼は昔から変なやつだった。

 俺と彼との出会いは小学一年生の頃。友達とキャッチボールをしていた俺が、球を取り損ねたのがきっかけである。ヒュンと飛んだボールは緩やかな曲線を描きながら、ベンチで読書をしていた涼の顔面にぶつかったのだ。俺も友達も大袈裟に悲鳴をあげ、涼へ駆け寄った。

 彼の膝に乗っていた本の上にバタバタと鼻血が落ち、抑えた手元からも赤いそれが滲んでいる。「大丈夫か?」と焦る俺たちに向かい、彼はこう言ったのだ「君たちに怪我はない?」と。

 俺と友達は顔を見合わせた。怪我などあるわけないのに彼はキョトンとした表情を浮かべ、そう問うたのだ。

 その時点で俺は確信していた。あぁ、こいつは変なやつなんだなと。

 そして同時に思った。友達になりたい、と。


 それから俺たちは仲良くなった。と言っても、俺が無理やり彼に付き纏った。

 よくいえばクール。悪くいえば大人しい彼は、色んな意味で目立っていた。

 常日頃からぼんやりとしていて、なのに妙な気迫があり虐められる対象にはなり難い。その上、顔がやけに整っているから女子生徒には人気だった。

 女子からの関心にも、彼は無頓着だった。付き合って欲しいという申し出にも「家で金魚を飼っているから無理」というよく分からない理由で断っていた。(ちなみに本当に金魚を飼っていた。家へ訪れた時に見せてもらったことがある)

 誰にも掴みどころがないミステリアスな涼は、本当に誰にもつかめない存在だった。唯一、一緒に行動している俺でさえ、彼の全てはわからない。


「宇宙人みたいだよな」


 誰かがそう言っていた。同じクラスになった男子生徒だった気がする。けれど、顔も名前も覚えていない。

 授業と授業の合間。することもないから、教室の隅で雑談をしていた、そんな時。彼が、涼に向かって言ったセリフだ。それは、悪口でも皮肉でもなかった。ただ単純にそう思ったから発言したのだろう。

 涼はその言葉を受けて、数秒悩むような仕草を見せた後(顎に手を当て、数センチ上を見つめる。それが彼のクセだ)ポツリと「宇宙人ってどんな味がするんだろうね」と言った。

 どんな、味。

 その時、俺たちは顔を見合わせた。考えたこともないと言いたげにみんな頬を引き攣らせている。やがて誰かが「銀色だから不味そうだよな」と言った。きっとみんなの頭の中には頭部がやけにデカく、手足の細い銀色の肌をした、いわゆるスタンダードなエイリアンが浮かんでいるのだろう。

 「確かに不味そうだ」。俺は鸚鵡返しをして笑った。

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