間章8 とある間諜の策略②

 そこからの推移は、順調過ぎるほど順調にアタイの思い通り進んでいった。


 まずアタイは、勇者たちに近くの街まで送って貰った。

 その間、「まだ怖いんです……」とか言いながら勇者に引っ付いておくのを忘れない。


 嬢ちゃんの刺々しい視線が心地よかったぜ、キヒヒ。


 ちなみにこの街は一見普通の人間の街に見えるが、その実全員魔族が変化した姿だ。

 用心深いケメレの野郎は、いくつかこういう街や村を仕込んでやがったんだな。


 どうもケメレの野郎は殺られちまったようだから、アタイが有効利用してやろうってわけ。


 けどもちろん、ケメレの二の舞いを演じるつもりはさらさらない。

 だから、街人に扮してる奴らには徹底して人間を演じてもらう。


 ただまぁ、『たまたま』とある宿では三つ部屋が空いていて、『たまたま』そこ以外の宿が全部満室で、『たまたま』宿の主人がアタイと勇者の部屋を隣同士に、嬢ちゃんを離れた部屋に割り当てる……ってな『偶然』を引き起こすくらいはお手の物ってわけよ。


「さて、と……」


 夜を待って、薄手のネグリジェに着替えたアタイはいよいよ行動を開始する。


「あら、ルカさん。どうかされまして?」


 と、部屋を出た瞬間嬢ちゃんに捕まった。


 キヒ、そりゃまぁ流石に怪しんで張ってるか。


 ちなみに、ルカってのは勇者たちに伝えた偽名だ。

 四死魔将の一人がダークエルフってのも割と知れ渡ってるはずなんで、出会った段階から幻視魔法で姿も変えてある。


 アタイの姿は、勇者たちにはくすんだ金髪の冴えない町娘って感じに映ってるはずさぁ。


「これは、アンシア様。ちょうど良かったです」


 いかにも高貴な方に慄く庶民って感じで畏まりつつ、アタイは内心でほくそ笑んだ。


 アタイの《テンプテーション》は、男を相手にする限りあらゆる耐性を無視して魅了することが出来るっつー超絶強力な特性を持つ魔法さ。

 けど逆に言えば、女に関しては普通に耐性の邪魔を受けるわけだ。


 特にこの嬢ちゃんは、随分と魔法耐性が高いようだが……アタイも、四死魔将を名乗る身。

 女相手にゃ無力ですってわけじゃあもちろんねぇ。


「私、ゲッカ様から言伝を預かってるんです」


「ゲッカ様から……?」


 人間ってのは、元々自分にとって都合のいいことを信じたがる生き物だ。

 アタイの《テンプテーション》で、その部分を最大限に刺激するように暗示を掛けてやりゃあ……。


「今夜部屋を訪ねるから、身を清めて待っていてくれ……って」


「! そうなんですの!?」


 ほれ、この通り。


 さっきまでアタイに対して抱いていたはずの警戒心が吹っ飛んでいることにも気付かず、嬢ちゃんはたちまち頬を上気させやがった。


「こここここうしてはいられませんわぁ!」


 そんなことを口にしながら、嬢ちゃんは自分の部屋の方へとすっ飛んでいく。

 これから慌てて湯浴みでもするつもりなんだろう。


「キヒ」


 思わず笑いも漏れるってもんだ。

 けど、本番はここからさねぇ……。


 アタイは頬を手でほぐして笑みを消し、勇者の部屋の扉を叩く。


「ゲッカ様、よろしいですか?」


 と同時に、《テンプテーション》展開!


「はい、どうぞ?」


「失礼致します」


 勇者の了承を得て、部屋の中へと足を踏み入れる。


「姫様、何か……」


 キヒヒ、これがアタイの《テンプテーション》のもう一つの特性。

 かかった男は、アタイのことが最愛の女性に見えるのさぁ。


 キヒ、キヒヒ。

 しかし思った通り、勇者にはアタイが嬢ちゃんに見えてるってわけか。


 つまり、相思相愛ってかぁい?

 こりゃ、ますます落とした時の楽しみが――。


「……って、あれ? ルカさんでしたか。一瞬、姫様に見えた気がしたんですが……すみません、失礼しました」


 ふぇっ!?

 き、効いてない……!?


 い、いや、そんなはずはねぇ。

 恐らくは、勇者から嬢ちゃんへの思いがそうでもなかったってだけだろう。


 それに、仮にそこが効いていないとしても問題はない。

 想い人に見せてやるってのはあくまで補助っつーか、まぁアタイからのサービスみたいなもんさ。


 それならそれで、アタイ自身の魅力で魅了してやるまでよ!


「ゲッカ様ぁ……私、昼間のことがまだ怖くてぇ……」


 胸元をはだけさせ、勇者にしなだれかかる。


「そうですか……そうですよね。これで、少しは落ち着きますか……?」


「ふぁ……」


 ………………。


 …………。


 ……。


 ……っておい、頭撫でるのやめろや!

 マジで落ち着いちゃうだろうが!


 ってかコイツ、ホントにチ○コ付いてんのか!?

 枯れ果てた老人かよ!?


 ……い、いや落ち着けアタイ。

 むしろ、その方が落とし甲斐があるってもんさ。


 たとえ枯れ果てた老人だろうと、アタイにかかりゃあギンギンよぉ!


「ゲッカ様ぁ……はぁ……」


 勇者の胸に指を這わせ、耳元に熱い息を吹きかける。


「俺でよければ、落ち着くまでこうしてますんで」


 ふふ、やせ我慢しちゃってぇ。

 ホントは今すぐアタイを押し倒してむしゃぶりつきたいんだろぉ?


 ……そうだよな?

 その、はずだよな?


 まさかとは思うが、アタイの《テンプテーション》が効いてないなんてことは……いやいや、そんな事はありえない。

 男である限り、アタイの《テンプテーション》に抗えるはずが……。


【ぶっははは!】


 女の笑い声が響いた。


 部屋の中には、勇者とアタイ以外誰もいないはずなのに。


 これは……昼の時と同じ……?


「こらペイルムーン、不安がってる人を笑うとは何事だ」


【いやご主人はん、無理ですて。こんなん、絶対笑てまうに決まってますやん。ぷぷ……】


 ……?

 剣が、喋ってる……のか……?


 ……いや、それより。


 今、なんて?

 ペイルムーン?


 ……?


 ………………ほげぇ!?


 ペペペペペペペペペイルムーン!?


 魔王殺しの聖剣じゃねぇか!

 なんでそんなもんが勇者の手に!?


 いや魔王殺しの聖剣なんだからむしろ勇者の手にあるのが正しいのか!?


 って、言ってる場合じゃねぇぇぇぇぇぇ!?


 おおおおおおお落ち着けアタイ。

 いくらペイルムーンといえど、持ち主がいなければどうしようもないはず。


 とにかく、勇者さえ魅了すれば……!


 《テンプテーション》!

 全開でいくよ!


【ぶっはは、ホンマにウケるわぁ……この子ぉ、ご主人はんのバカ耐性が耐性無視を無視・・・・・・・出来るレベルやいうんにも気付いとりませんもん】


 『耐性無視』を『無視』……?


 バカな、そんなこと……あるわけねぇ!


「……? タイセームシとやらのことはわからないけど……悪かったな、スライムの魔法さえまともに食らう程度の耐性で」


【うん……あの、ご主人はん。時々挟まるそのスライムジョーク、なんですのん……?】


「スライムジョークって何だよ……」


【ウチが聞いとるんやけど……】


 ハッタリだ……ハッタリに決まってる……!


 えーい、限界突破だ《テンプテーション》!

 アタイの魔力、根こそぎ持ってきなぁ!


 こうなりゃ、頭がぶっ壊れちまっても知らないよ!


 中途半端に耐えちまった自分を恨むんだね、勇者!


【ぷふふ……にしてもご主人はん、せめてもうちょっとリアクション取ったったら? せっかく頑張って攻勢かけてきとるんやし】


「ていうか、さっきからなんで俺が攻撃食らってるみたいなこと言ってるわけ……?」


【ぶっはは! ホンマ最高やでご主人はん!】


「やっぱ、お前の笑いどころがわからん……」


 まさか……。


 まさかこの男、耐えているどころか自分に《テンプテーション》がかけられていることにさえ気づいていないってのかい!?


【しかしご主人はんも、えぇ趣味したはりますなぁ。あの村での時もそうやったけど……あえて泳がして、いつどうやって尻尾出すか楽しんどるんやろ?】


「? 何の話……」


「っ!?」


 ヤバいヤバいヤバいヤバい!


 アタイは、本能に従って逃げ出した。


 泳がされた?

 このアタイが?


 まさか……いや、恐らくそうなんだろう。

 パッと見「何が起こってるかわかりません」みたいな面しやがってた癖に、裏ではノコノコやってきたアタイを嘲笑ってたってわけかい! チクショウめ!


 つーか、なんてデタラメな野郎だ!

 アタイの《テンプテーション》が効かない男なんて、魔王イリス様くらいだと思ってたのに……!


 もしかするとあの男、ホントのホントに魔王イリス様よりも……!?


 クソッ、とにかく一旦退却だ!


 下手こくとこりゃ、魔王軍全軍で襲いかかってさえどうなるかわかんねーぞ!


「おや、どこにいらっしゃるおつもりで?」


 げぇ、嬢ちゃん!?


 しまった、勇者に魔力を集中する余りこっちへの暗示が解けちまったか!


「ねぇ? 四死魔将が一人、『魅』のオルカさん?」


 チィッ! 幻視魔法まで解けやがるのかよ!


「ようやく尻尾を現しましたわね……わたくし、この時を待っていましたの。貴女の嘘に、騙されたフリをしてね。というかあの程度の嘘で、わたくしが騙されるとでも?」


 いや、それはマジで騙されてたろ確実に。

 完全に湯着だし。


 浴場に向かおうしたところで暗示が解けて、慌てて剣だけ取って駆けつけた感満載じゃねーか。


「ベタベタベタベタベタベタベタベタと、ゲッカ様に馴れ馴れしく……正義の名の下に、成敗致します!」


 それ、正義じゃなくてほぼ私怨だろ!


 ……って、言ってる場合じゃねぇな。


 勇者相手に使いすぎて魔力の残量は心もとねぇが……構わねぇ、正面突破だ!

 恋にのぼせて勇者にくっついてきたお姫様程度、軽く散らしてやるよ!


「どけ雑魚がぁ!」


 アタイは、隠していたナイフで嬢ちゃんに斬りかかった。


 ズブリと、嬢ちゃんの腹に深々とナイフが刺さる。


 獲った!


 ……そう思ったのは、束の間だった。


「残念、ハズレですわ」


 その声が聞こえたのは、なぜか後方から。


 同時に、しっかり捕えたはずの嬢ちゃんの姿が歪んだ。


「かっ……!?」


 続いて腹へと走る、焼けるような痛み。


 振り返ると、そこにはアタイの腹へと剣を突き立てる嬢ちゃんの姿があった。


 てことは、アタイがさっき捕らえたのは……まさか、虚像!?


「光系統魔法、《ミラージュ》。貴女もよくご存知なのではなくて?」


 こんの……!


 よりにもよって、このアタイ相手に幻視魔法だとぉ……!?


「確かにわたくしなど、ゲッカ様に比べれば雑魚も良いところですが……貴女の相手くらいは務まったようですわね」


 ざっけんな……アタイとて四死魔将、正面切っての斬り合いだってアタイに勝てる魔族だって一握りだってのに……このアタイを、こんな簡単に一撃で……!?


 まさかこの嬢ちゃん、歴代勇者級かよ……!?


「……キヒ」


「……?」


 血を吐きながらも笑ったアタイに、嬢ちゃんは怪訝そうに眉をひそめた。


「キヒヒヒヒ」


 まさかジーサン、ここまで予想してたってかぁ……?


 だったら流石だよ!

 四死魔将『智』のコモドよぉ!


「《テンプテーション》! アタイの命まで全部持ってけやぁ!」


「っ!? 目が!?」


 キッヒャヒャ!

 もう命を懸けてさえ、チィと視界を霞ませられる程度かよ!


 最高にクソッタレだな!


 けど……それで十分さぁ!


「食らいなぁ!」


「これは……!?」


 ジーサンから貰った転移石を、体ごとぶつける!


 行き先はもちろん……魔王城さぁ!


「しまっ……!?」


 さぁ、勇者様よぉ!


 愛しのお姫様が人質になった状況で、てめぇは何が出来っかなぁ!

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