間章8 とある間諜の策略①
「ぁぁぁぁぁぁ……はれ?」
叫んでいたはずが、いつの間にか男の腕に抱かれていた。
そんな状況に、アタイは思わず疑問の声を上げる。
「大丈夫ですか?」
「はぁ……はひ?」
男の問いにも、間の抜けた返事を返してしまった。
えーと、落ち着け。
こういう時は、まずは一つ一つ状況を確認するんだ。
アタイの名はオルカ。
四死魔将が一人、『魅』のオルカ。
勇者を騙すべく、まずそこらを走ってた馬車を襲った。
そんで、オークに襲われるフリをして叫んだ。
したら、勇者らしき奴がまんまと現れた。
で、アタイは気が付くとコイツに抱かれていた。
ここから導き出される結論は……。
………………。
そうか、コイツが勇者ってことか。
ポンと手を打ちかけたところで、ようやく気付く。
ほぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
コイツ勇者じゃん!?
アタイ、めっちゃ素ぅ晒しちゃってるじゃん!?
ボケッとしてる場合じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!?
「あの、どっか痛みますか? 一旦降ろしましょうか?」
「あ、いえ、はい……いえ! 大じょ、いや、怖かったですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
まだだいぶ混乱した頭でしどろもどろに返答した後、ようやく我に返ったアタイは勇者に抱きついた。
い、いや、悪くない。
よく考えれば悪くないんじゃないか、これ。
魔物に教われりゃ、普通こんくらい混乱するもんな。
むしろ自然な演技になったはずだ、うん。
しかし……アレだな。
この勇者、遠目に見た分にはナヨッとしてるように見えたけど、結構……いやかなりガッチリした体つきしてんな。
それに、さっきからアタイを覗き込んできている目……自信なさげな瞳の奥に、まるで数千年もの時間を過ごしてきたかのような落ち着きというか深みのようなものが感じられる。
今まで幾人もの男を落としてきたけど、こんな目をしてる奴なんざ一人もいなかった。
なんだか、ドキドキしてきやがったじゃねーか……。
……い、いや違う!
そういうんじゃないし!
そういうんじゃなくてこれはその……そう!
強敵を前にした時の緊張のドキドキだし!
実際、いつの間にどうやってこんな無防備な体勢を晒すことになったのか一切わかんねーしな!
……あれ?
それ、本気でヤバくね?
つまり勇者がその気だったら、アタイは気付くことさえなく首を飛ばされてたってわけだ。
つーかこれ、現在進行形で生殺与奪権握られてるよな?
やっべ、めっちゃ変な汗出てきた……。
だ、大丈夫大丈夫……これもまた自然な演技に繋がってる……はず……。
「もう大丈夫ですから、安心してくださいね」
勇者はそう言って、ポンポンと背中を撫でてくる。
……なんか、コイツにこうして背ぇ撫でられてるとホントに落ち着いてきたな。
これまでアタイに触れてくる男なんざ、どんな名分掲げてようがその裏じゃ下心十割だった。
そのいやらしさが、手付きにも出てくるってもんよ。
が、コイツには一切それがない。
肉親に接するかのような、ただただ優しい撫で方だ。
こんな男、初めてで……。
………………。
……待て待て。
ほっこりしてる場合じゃない。
マジか。
コイツ、マジか。
ゆったり目のローブを身に纏ってるとはいえ……いやだからこそ、逆に匂い立ってるはずのアタイの色気が全く効いてないと?
……いや、そんなはずはない。
たぶん、恐ろしくやせ我慢が得意なだけなんだ。
そうに違いない。
「ゲッカ様、こちらは片付きましてよ」
そんな声に、アタイは勇者の胸に顔を埋めたままチラリと横目を向けた。
………………。
ふーん、へー、ほーん。
大した面じゃねぇか。
なるほど、この嬢ちゃんで美人は見慣れてますってか。
「ありがとうございます、姫様」
「とんでもございませんわ。それで……そちらの方は、大丈夫ですの?」
「………………」
アタイは、黙って勇者の胸に顔を埋め直した。
「すみません、怯えちゃってるみたいで……」
勇者がそんなフォローを入れる。
そう、これは怯えきっている演技の一環。
だが……その実、抑えきれない笑みを見られないようにする意味合いの方が大きかった。
「そ、そうなんですのね……」
キヒヒヒ!
匂う……匂うぜぇ……!
一見アタイを気遣っているように見えて、その奥に宿る警戒心、そして嫉妬心の匂いがよぉ……!
想い人に擦り寄る雌豚を見るような目ぇしてんじゃねぇかぁ!
キヒヒ! 断言してもいい。
この嬢ちゃん、勇者と肉体関係に至っちゃいねぇ……いや、それどころか想いすら告げてねぇなぁ……?
そういう奴の想い人を寝取って、目の前でアタイの身体に夢中になってる様を見せつけてやるのが最っ高に楽しいんだよなぁ……!
キヒヒ!
キヒヒヒヒ!
この仕事、俄然やる気になってきたぜぇ……!
【くふふふ……匂う……匂うでぇ……プンプンやわぁ……】
……?
今、誰か何か言ったか……?
ソロリと目だけで周囲を伺うも、アタイと勇者、そして嬢ちゃん以外の人影はない。
……気のせい、だったか?
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