第12話 とある敗者の決意

「結局、ルカさんは何の用だったんだ……?」


 突然走り去ってしまったルカさんの背を、呆然と見送ることしばし。


「……てか、なんか騒がしいな」


 俄に騒々しくなってきた部屋の外に、なんだか嫌な予感を覚える。


【ご主人はんを巡る女の戦いでも勃発してるんちゃいます?】


「なんだそりゃ」


 しかも、なんでちょっとワクワクした調子なんだこいつ……。


「ちょっと、様子見に行くか……」


 念のためペイルムーンを手に取って、部屋を出た。


 音のする方へと、歩みを進めていく。


「ん……?」


 すると廊下の角を曲がったところで、姫様とルカさんが抱き合うような形になっているのが見えた。


「っ!?」


 かと思った次の瞬間、二人を眩い光が包み思わず目を瞑った。


 瞑ってしまった。


 俺は、すぐにその行動を後悔することになる。


 再び目を開けた時、目の前から二人が跡形もなく消えていたから。


 残ったのは、床に出来た真新しい血溜まりのみ。


「姫様……? ルカさん……?」


 先程まで二人がいた場所に歩み寄って辺りを見回すも、二人の姿は影も形もない。


【今のは、転移石やねぇ。予め登録しといた場所に、触れとるモンを転送する……て、ご主人はんはこんなん言うまでもなく知ってはるか】


 いや知らないです。

 俺ずっと王都周辺でスライムと戦ってただけだから、そういうレアアイテム系の知識ゼロだし。


 って、今はそれよりも……。


「じゃあ今回の場合、登録された場所って……?」


【まぁそら、十中八九魔王城やろね。魔王軍の奴が使うたんやから】


「なっ……!?」


 魔王軍の奴らが来てたのか!?


 また……!

 また、なのか……!


 俺は、また何も出来ないまま……!

 それどころか、襲撃にすら気付けないで……!


 無関係のルカさんまで巻き込んで……!


「すぅ……はぁ……」


 大きく深呼吸。


 落ち着け……後悔は、後でいい……。


「ペイルムーン……魔王は代ごとに住処を変えるから、当代の魔王城がどこにあるかはわからない……だったよな……?」


【うん、そうやけど?】


「魔界のどこかにあるのは、確かなのか……?」


【アイツら、基本引き篭もりやからねぇ。それはまず間違いない思うよ?】


「そうか……」


 魔界っていうのは、このウィンズ大陸の西半分。

 大体三千万平米ってところか……。


 なら……ギリ、いけるか……?


「すぅ…………はぁ…………」


 もう一度、先程より更に大きく深呼吸。


 そして、魔力を集中させる。


「《サーチ》!」


 全力展開!


【ふぉっ!? なんやこの魔力量!? ま、まさか……魔界全域を覆っとるんか……!?】


「がっ……!?」


 流れ込んでくるとんでもない情報量に、頭が割れそうな程痛む。


 《サーチ》は、都合よく探したいものを見つけてくれるような便利な魔法じゃない。

 どちらかといえば、とにかく視界を広げまくるようなイメージだ。


 そこから目的のものを見つけるためには、範囲が広がるほどによく『目を凝らす』必要がある。


 西半分だけとはいえ、広大な大陸からたった二人の人間を見つけるなんて本来なら砂漠に落ちた一本の針を探すようなもの……だけど、やってみせる!


 まして姫様の魔力なんて、俺がこの世界で最も慣れ親しんだものなんだ……見つけられないで、たまるかよぉ!


「っ! ……見つ、けた……!」


 ボタボタと吹き出す鼻血もそのままに、俺は荒い息を吐きながら呟いた。


【え、マジで? 魔王城を見つけたってこと? ホンマえらいことしはんな、ご主人はん……】


 呆然とした調子のペイルムーン。


 なるほど確かに、もっと魔法に精通していればこんな力技じゃなくてスマートに解決出来るんだろうけど……俺じゃ、これが限界さ。

 むしろ上出来だ。


【……あぁなるほど、そういうことかいな】


「あ……? 何が……?」


 突然納得した調子の声を上げたペイルムーンに、まだ息が整わないまま尋ねる。


【つまり、いちいち魔王城を探す手間を省いたっちゅうわけやろ? お姫ちゃんを攫わせて、それを『目印』にすることで。いや、こらウチも思いつかんかったわ】


「あぁ……」


 なるほど、ようやく俺にも理解出来た。


 つまり、この誘拐は魔王からの招待状ってわけだ。


 魔王城を探すなんてまどろっこしいことをせず、真っ直ぐ来いと……逃げも隠れもするつもりはないと……。

 姫様の魔力を目印にすれば、お前の貧弱な魔法でも見つけられるだろうと……。


 そういうことかよ!


「なら、ご招待に預かろうじゃないか……!」


 恐らく……いや、間違いなく今の俺は冷静さを欠いている。


 それを自覚していても、この激情を抑えることは出来なかった。


 俺なんかが一人で行ってどうなる?

 行けば、確実に死ぬぞ?


 そんな風に囁く自分もいる。


 けれど、ここで姫様たちを見捨てるなんて選択肢があるわけがない。

 スライムさえ倒せない最弱だけど……それでも俺は、勇者なんだから。


「行くぞ、ペイルムーン! 討ち入りだ!」


【おっしゃ、そう来ななぁ!】


 ここで勇気を出さなくて、どうする!


「《アクセラレーション》!」


 お望み通り全速力で行ってやるよ、魔王!

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