第10話 とある対者の慟哭
「くぁ……」
心地よい目覚めだ。
昨日は村の人たちが宴を開いてくれて、たかだか鳥を退治しただけとは思えないくらい熱烈なもてなしをしてくれた。
なぜだか、ある種の必死さのようなものさえ感じた程だ。
俺の魔法なんかを一発使っただけであんなにもてなしてもらうってのも申し訳ないし、何か他に手伝えることでもあったら手伝おうかな……。
まどろみ混じりの頭でそんなことを考えながら身を起こし、目を開ける。
と。
「……んなっ!?」
驚きで、眠気が一気に吹っ飛んだ。
「なんだよ……これ……」
見渡す限り辺り一面が、焦土と化していたから。
俺たちが眠っていたベッドとその周辺だけが何事もなく平穏無事で、周囲の風景から完全に浮いていた。
「こ、これはどうしたことですの!?」
隣のベッドで、ちょうど姫様も目を覚ましたようだ。
その表情は、驚き一色で塗り潰されている。
【あー、その……魔王軍の襲撃があってやね】
傍らに立て掛けてあるペイルムーンが、どこか言いづらそうにそう説明してくれた。
魔王軍の襲撃……俺が寝こけている間に、そんなことが……!?
けど、だとすれば俺たちがこうして無事なのは……。
「お前が、守ってくれたのか……?」
【うんまぁ、一応ベッドだけは死守したっちゅーか……天井とか壁をアレしてもうたんはアレやけど……】
「そうか……ありがとう」
礼を告げる声はしかし、自分でも驚くくらいに重い響きを伴って口から出て行く。
衝撃が大きすぎて、ペイルムーンの話も半分くらいしか頭に入ってこなかった。
「村長さんや、村の人たちは……?」
聞くまでもないことを、けれど聞かずにはいられない。
【まぁ、襲ってきたわけやからねぇ……】
「……そう、か」
魔王軍に襲われれば、普通の村人など抗いようもない。
当然のことだ。
しかし……。
「酷すぎますわ、ここまでやるなんて……」
口元を抑え、慄く姫様の声は震えている。
俺も拳を強く握りながら、改めて辺りを見回した。
ぺんぺん草の一つすらも残っていない、完全なる更地。
昨日まで確かに存在していた生活の営みも、村の人たちの笑顔も、全て消え去っていた。
【いやその、ご主人はんが基準のよぅわからん仏心を持ってはるんは知っとるで……? ただウチも、加減出来んかったっちゅーか……注ぎ込まれたんがちょっち多すぎたっちゅーか……】
伝説の聖剣と呼ばれるペイルムーンでさえ、全力を出して尚俺たちだけを守るのが精一杯なくらいの激しい襲撃だったってことか……。
【い、言うとくけどご主人はんも悪いんやで? ウチにあんなに……】
「貴女! 言うに事欠いて……!」
「いえ、いいんです」
いきり立ってペイルムーンに詰め寄ろうとする姫様を手で制する。
なぜかペイルムーンの口調が妙に照れたような感じに聞こえたのは少し気になるけど……いや、そんなことを考えている場合じゃない。
本当に、彼女の言う通りだ。
「俺が馬鹿みたいに寝こけていなければこんなことにはならなかったかも……いやそれ以前に、俺がもっと早くに旅立って魔王を倒していれば……俺にもっと、力があれば……」
あぁ。
城がジロバに襲撃された時と、全く同じ後悔だ。
俺は、結局ちっとも成長していない。
「ゲッカ様、ご自分を責めないでくださいまし……」
姫様が、気遣わしげに俺の肩に手を置いてくれる。
【あっれー……? なにこの空気……? なんかウチ、ご主人はんとの間に致命的なまでの認識の齟齬が出来とる気ぃするんやけど……】
いや、お前の言いたいことはちゃんと伝わっているさ。
覚悟を決めろ、って言いたいんだろ?
決める。
あぁ、決めてやるさ。
正直なところ、怖い。
村一つを跡形もなく滅ぼす奴らを相手にするなんて、冗談じゃないと思う。
けれど……こんな悲劇が繰り返されることの方が、もっと怖い!
「姫様、ペイルムーン……!」
いつの間にか目の端に浮かんでいた涙を払い、姫様、ペイルムーンへと順に視線を送る。
情けない話だけれど、スライムすら倒せない俺一人では到底無理だろう。
だけど……。
「俺に、力を貸してください! 魔王を、倒すために!」
「もちろんですわ! 喜んで!」
【うんまぁそれは最初からそのつもりではあるんやけど……今、そういう話やったっけ……? いや、ウチとしてはなんか許されたっぽい? んやったら別にえぇんやけど……】
そう、彼女たちはとっくに覚悟を決めていたんだ。
決まっていなかったのは俺だけ。
まだどこか、他人事のように感じていた。
魔王と戦う自分をイメージ出来ていなかった。
魔界に入ってなお、楽観的に考えていた。
実際に被害を目の当たりにするまで、自分がそんな気持ちでいたことにさえ気付かないなんて……なんて間抜けだろう。
けどそれも、今この瞬間までだ。
改めて、決意が固まった。
俺は魔王軍を……魔王を、必ず倒す!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます