間章6 とある魔将の誤算①

 ククク……まんまと罠にかかりおったな、勇者め。


 村長とは仮の姿。

 その正体はこの儂、四死魔将が一人『虚』のケメレよ。


 それどころか、この村そのものが勇者を誘い込むための罠。

 魔界に入って、心細い中で最初に見つけた人間の村……思わず入ってしまうよのぉ?


 しかしてその実体は、村人全員儂の部下が化けた姿というわけだ。


 勇者共が村に入ったところで襲いかかっても良かったのだが、慎重に慎重を期すのがこの儂の流儀。

 まずはお手並み拝見といったところさね。


 もっとも儂としては、ここで終わる可能性もかなり高いと思っているが。


 魔物とその他の生物との違いは、魔力の有無。

 まぁしかし、そんなものは分類上だけの話だ。


 傾向として魔物の方が強い種は多いが、それが逆転するケースなど珍しくもない。

 極端な話、スライムと熊が戦ったとしてスライムが勝てる道理などあるはずもない。


 そんなことは常識だし、勇者とて重々承知だろう。

 だが、まんまと儂の口車に乗ったのが運の尽きよ。


「あ、なんか来ましたね。アレですか?」


 雲の多い空を見上げながら、問いかけてくる勇者。

 同じ方向に目をやれば、多数の巨鳥がこちらに向かって羽ばたいてきているのが見えた。


「えぇえぇ、その通りです」


 笑いそうになるのを必死に堪えて、そう返事する。


「確かに魔力を感じないし、魔物ではないみたいですねー」


「えぇえぇ、そうですともそうですとも」


 そう、あの鳥どもが魔物ではないというのは嘘ではない。

 だがしかし、人を襲わないというのは嘘っぱちだ。


 これからやってくるのは魔界でも凶暴で知られる、エピック鳥。

 肉食で、特に人肉を好んで食す怪鳥よ。


「魔物じゃないなら、俺の魔法でも効くかなー……?」


 クカカカカ!


 いかん、危うく笑いを抑えきれないところだったわ。

 勇者の奴が、あまりに見事に我が手の平の上で踊っているのがおかしくてのぉ……。


 確かに、魔物以外の生物は魔法に弱い。

 それもまた常識である。


 魔力を持たないため、魔法への耐性がゼロに近いからの。


 しかし、エピック鳥は例外よ。

 その羽毛はなんと魔法を吸収し、跳ね返す特性を持っておるのだ!


 フハハハ!

 勇者よ、己の放った魔法を食らって死ぬが良いわ!


「でも俺の魔法、結局スライム相手にもほとんど効いたことないしなぁ……」


「ぶふっ!?」


 今度こそ耐え切れず、吹き出してしまった。


 勇者の奴は、誰にも聞かれない程度に呟いたつもりのようだが……クク、魔族の耳の良さが災いしてしまったか。


「ん? 何か言いました?」


「ふ、くく……いえ、なんでもありませんぞ……」


 まったく、腹がよじれそうだ。


 スライムにも効かない?

 そんな貧弱な魔法なんぞ見たことも聞いたこともないわ。


 これは、勇者も大したことはないようだな。


 ……いやいや待て待て。


 慎重に慎重を期すのが儂の流儀。

 判断を下すにはまだ早い。


 そう、こいつは仮にもジロバを倒した男であるはず。

 魔法がからっきしということは、逆に剣の腕は立つということだろう。


 クク……ならば貧弱な魔法を跳ね返されて驚いているところを、後ろからブスリとやるとしようか。


「姫様。とりあえず、俺が魔法撃ってみますね」


「えぇ、お任せ致します。ゲッカ様の魔法でしたら、鳥如きイチコロですわ」


「だったらいいんですけどね……」


 アンシア姫は、どうやら勇者を盲信しているようだな。

 ククク……恋は盲目、と人間どもは言うのだったか?


「んじゃま、いきますか……」


 いよいよ、エピック鳥の凶悪の面もハッキリ見えてきて……。


「《ヘルフレイム》」


 そんな勇者の声が聞こえた瞬間、視界が真っ白に染まった。


 それが、炎系統最上位魔法たる《ヘルフレイム》がとんでもない魔力量で放たれた結果だと理解するのに、視界が回復するまでの数秒を要した。


「お見事ですわ、流石ゲッカ様!」


 はしゃいだアンシア姫の声。


 光系統の適性持ちは、自然と目にも光への保護が働くのか……?


「流石に、普通の鳥相手なら俺の魔法も効いたっぽいですねー」


「っ!」


 勇者の呟きに、余計なことを考えている場合ではないと気付き慌てて空を見上げる。


 ……そこには、何もなかった。


 確かにこちらへ羽ばたいてきていたはずのエピック鳥の群れは、一羽たりとも残っていない。

 それどころか、先程まで空を覆っていた雲まで全て吹き飛んでいた。


 見えるのは、まるで勇者の魔法が焼いたかのように赤く染まる空だけだ。


 エピック鳥とて、魔法に対して完璧に無敵というわけではない。

 吸収容量の限界を超える魔力を受ければその分のダメージは負うし……先の魔力量であれば、一瞬と保たずに蒸発したことだろう。


 しかし……!


 なにが……なにが、スライムにさえ効かないだ!


 それどころかこの威力、下手をすれば魔王イリス様よりも……ハッ!?

 まさかあれは、儂の正体に気付いた勇者が仕込んだ嘘だったのか!?


 手の平の上で踊らされていたのは儂の方だと言うのか!?


「村長さん」


「ひゃ、ひゃいぃ!?」


 次はお前の番だとでも言うつもりか!?


 あんな魔法、儂では到底耐え切れるものではないぞ!?


「こんな感じで良かったですか?」


「もももももももちろんでしゅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 い、今すぐ仕掛けてくるつもりはない……のか?


 確かにこれだけの力量、儂の正体がバレているなら出会った瞬間に蒸発させられていても不思議はなかった……。

 ということは、まだ儂の正体についても半信半疑という感じなのか……?


 であれば先の嘘も、儂を試すためのものだったということか……。

 クソ、だというのに何を小馬鹿にして喜んでいたのだこの儂は……!


 だが、まだ確証を得てはいないということならば……ここから挽回して見せようぞ!


「あの……なんか様子おかしいですけど、大丈夫です?」


「おおおおかしいなどとんでもない! めっちゃ普通! ものっそい自然体ですぞ!」


「はぁ。なんか、俺の知ってる『自然体』と言葉の定義が違ってる気がしますが……」


「しょしょ、しょんなことより! 宴ですじゃ! 御礼と歓迎の宴を催しますぞぉ!」


 もう油断はせぬ!


 『虚』のケメレの名に掛けて、必ず貴様の虚を突いてくれるわ!

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