第9話 とある旅者の訪問②

 姫様が目を覚ましてから程なくして、俺たちは件の村に辿り着いた。


 申し訳程度の柵に囲まれた、入り口からその全体が見渡せる程度の小さな村だ。


「おぉ、おぉ、こんな辺境の村によう来てくださいましたな」


 入り口で様子を伺っていると、村の中から好々爺然としたおじいさんがこちらにやってきた。


「私は、この村の村長をやっておる者です。旅のお方ですかな?」


「えぇ、今晩の宿をお借りできないかと思い立ち寄らせていただきましたの」


「もちろんもちろん、歓迎致しますぞ」


 こういう小さな村ってなんか排他的でよそ者には冷たいってイメージだったんだけど、思ったよか全然ウェルカムな雰囲気だな。


 姫様に前面に立って貰ったのが良かったのか、あるいは……。


「ところでお二人は、さぞ高貴な身分の方とお見受け致しますが……」


 やっぱり、何かしら狙いがあるパターンか……?


 村長さんは、あからさまに探るような目つきで俺と姫様を見てきた。


 姫様はもちろんのこと俺も、旅装とはいえかなり質の良い衣服で身を包んでいる。

 というかブレイズ様に用意してもらったものなわけなので、恐らくは最高級品に近いものだろう。


 擦り切れるまで、いや擦り切れてもツギハギで継いで継いで使える限りは着潰す旅人が多い(らしい)中ではなかなかに目立つ存在と言えよう。


 とりあえずは、様子見しながら交渉ってところかな……?

 となると、一旦俺たちの立場は伏せておいた方がいいか……?


「わたくしはアンシア=トライデント。トライデント王国の第一王女ですわ。そしてこちらが! かの伝説の勇者! ゲッカ=カゲタカ様ですのよ!」


 とか思ってたら、全部言っちゃったよ姫様。

 ていうか、なんでこんなドヤ顔なんだこの人……。


 そして、「かの」も何も伝説なんてまだ一個もないんですが。

 ……あ、一つだけあったか。


 対スライム戦績ゼロ勝伝説、ってね。


 はは……。


「おぉ、王女殿下と勇者様でしたか。これは失礼をば……」


 まさしく平身低頭のお手本といった感じで、村長さんは頭を下げた。


「何もない村ですが、精一杯歓迎させていただきますぞ」


 そう言って、踵を返す村長さん。


 が、そこでピタリと動きを止めた。


「あー、しかし困ったなー。とても困っているなー。これが解決しないと、おちおち歓迎の準備も出来ないなー」


 おぅ、露骨ぅ。


「あら、困り事があるのでしたらおっしゃってみてくださいな。民草の願いを聞き届けるのも王族の役目ですもの」


 おぅ、気軽ぅ。


「なんと、それは助かりますな!」


 振り返って、「ありがたやありがたや……」などと手を擦り合わせる村長さん。


 しかし口元にはニンマリとした笑みが浮かんでおり、アンタ演技する気ホントにあります? と問い詰めたくなった。


「実は、鳥害に難儀しておりましてな」


 こちらの気が変わらぬうちにということか、村長さんは早速用件を切り出してきた。


「鳥害っていうと、魔物じゃなくてですか?」


 とりあえずこれ以上話が勝手に進まないよう、すかさず口を挟む。


「えぇ……魔物でこそないのですが、なかなか凶暴な奴らでしてな。村の衆ではとても手に負えんのですわ」


「なるほど……」


 魔物じゃないなら、どうにかなる……かな?


 ちなみに魔物とその他の生物とを分けるのは、魔力の有無である。


 それだけと言えばそれだけ。

 でもその差は歴然だと、俺は実体験でもって知っている。


 実は以前、スライムを探している時に野生の熊に襲われたことがあるのだ。

 めちゃめちゃビビったけど……なんと、俺でさえそれを仕留めることが出来た。


 それも十メートル級の熊を、一撃で。

 俺もその程度には強くなっているらしく、しかしそれでも魔物を相手にすればスライムにさえ勝てない。


 つまり魔物とそれ以外の生物の間には、埋めがたいほどの力の差が存在するということなんだろう。


「姫様、いけると思いますか?」


「もちろん、何の問題もありませんわ!」


 確認のため問いかけると、姫様はノータイムで頷いた。


 ただ、なんていうかこう……いい返事すぎて、逆に不安になるような気もしないではない……。


 まぁ俺はともかく、姫様が魔物でもない鳥なんかに遅れを取るとは思えないけど。


「あの、ちなみにその鳥って積極的に人を襲ったりします?」


「いえいえ。追い払おうと攻撃しますと反撃もしてきますが、そうでなければ作物を啄みよるくらいです。でないとこんな村、とっくに食いつくされておりますよ」


「なるほど……」


 となると、いざ立ち会ってみて無理そうなら逃げるって手も取れるわけか……。


「……わかりました、引き受けましょう」


 しばし熟考した後、俺はそう言って頷いたのだった。


【くふふ……ホンマ、ご主人はんはいけずやねぇ】


 相変わらず笑いどころのわからないペイルムーンの、押し殺した笑い声を何とは無しに聞きながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る