第7話 とある来者の邂逅

 家族については、ぶっちゃけそこまで気にしてないですねー。

 『チビども』なんて呼んでますけど、もう俺がいないと何も出来ないって歳でもないですし。


 それにウチ、割と放任主義っつーか個人主義な血筋だったりするんですよ。

 あいつらが独り立ちするためにも、いっそ俺がいない方がちょうどいいくらいかもですよ、ははは。


 なんて話している最中、姫様がなんだかフラフラと揺れ始めた。


 やっぱり眠いのかな……?

 などと思い、「姫様?」と呼びかけながらその顔を覗き込む。


「にへ」


 すると姫様は、なんだかやけに緩んだ感じの笑みを浮かべ。


 ――ブシュッ。


 盛大に鼻血を噴出した後にぶっ倒れた。


「ちょ、姫様!?」


 慌てて姫様を抱き留める。


 腕の中に目を向けると、姫様はなぜか幸せそうな笑みを浮かべながら目を回していた。


「いきなり、どうしたっていうんだ……?」


 とりあえず鼻血を拭いながら、姫様をつぶさに観察する。


 脈拍がやけに速い……だけど、徐々に落ち着いてきてはいるようだ。

 そういえば気を失う直前やけに鼻息が荒くなってた気もするけど、それも今は普通の寝息って感じになっている。


 うーん……症状的には、走花のやつが好きなアイドルのライブへ行った際に間近でアイドルに手を振ってもらった結果、興奮のしすぎで失神した時に似ている気がするけど……。


 流石にそれと同じってことはだろう。

 特に興奮するようなことなんてしてないし。


 となると、考えられるのは……。


「……瘴気の影響か!?」


 思い付いた可能性に、俺はカッと目を見開いた。


 仮にも俺如きがなんともないのに、姫様ほどの方が先に倒れるようなことなんてあるか……? という疑問も生じるけど、恐らく個人差があるんだろう。


 思えば今日、姫様を抱き寄せる度にやけに速い鼓動が伝わってきていた。

 さっきからちょいちょい様子が変だったのも、必死に我慢してたからだったのか……クソ、なんで気付いてやれなかった!


「すぅ……はぁ……」


 大きく深呼吸し、頭をクールダウンさせる。


 後悔は後だ……今は、姫様を助ける方法を考えないと。


「《ドーム》」


 差し当たり風系統の魔法で、周囲に結界のように風を纏わせる。

 肌に粘りつくような嫌な感触が、綺麗に消え去った。


 よかった、俺の魔法でもこの程度の瘴気なら払えるらしい。


 しかし、腕の中の姫様に変化はない。


 一見すればただ眠っているだけのようにも見えるけど……少なくとも、周囲の瘴気を払えば目を覚ますってことはないようだ。


 となると、瘴気の元を絶たないといけないパターンか……?


 しかし、瘴気の源が凶悪な魔物だったら?

 俺に太刀打ち出来るとは思えない。


 なら一度、城に戻るべき?

 しかししかし、それでどうにかなるとは限らないし一刻を争う事態という可能性も……しかししかししかし、やっぱ状況を確認するためにも戻った方が……。


「んぅ……」


 葛藤に動けずにいたところ、姫様が僅かに身じろぎした。


「姫様!?」


「ゲッカ様ぁ……」


 目覚めたのかと慌てて目を向けるも、どうやら寝言のようだ。


「わたくしの身体は、いつでも準備万端でしてよぉ……やんっ、だからってそんな激しくぅ……」


 ……。


 一旦、姫様を地面に横たえる。


「ぐっ……!」


 そして、俺は自らの頬を殴りつけた。

 フヌけた自分に活を入れるために。


 きっと姫様は、夢の中でも激しい戦いを繰り広げているのだ。

 多少言い回しがおかしいような気もするけど、まぁ寝言ってそういうもんだろう。


 なのに俺ってやつは……いつの間にかまた、逃げる方向に思考を傾けて。

 弱くたって立ち向かうって、決めたばかりだろ!


 それに、ゴアナの森の瘴気は日に日に広がってるって話だ。

 たとえ今から城に戻って姫様を助けられたとしても、その間に姫様と同じような被害が出ないとも限らない。


 そもそも、戻ったからって姫様を治せるって保証もない。


 なら……俺は、前に進む方に賭ける!


「すぅ……」


 姫様を背負い、左手で支えながら大きく息を吸った。


「《アクセラレーション》!」


 加速した時間の中に身を置く時系統の魔法を発動し、駆ける。


 発動後は意識の大半を魔法の制御に持っていかれるため、襲撃に極端に弱くなる(スライムでさえもこの加速した時の中に余裕でついてくるのだから、ゴアナの森の魔物なら当たり前に今の俺と同じ以上の速度で動けるだろう)けど……姫様にどれほどの猶予が残されているかわからない以上、チマチマ隠密行動やってる場合じゃない。


 リスクを負ってでも、全力で駆け抜ける!



   ◆   ◆   ◆



 体感で、恐らく二時間と少しくらい。

 実時間では一秒と経過していないだろう。


 瘴気の濃い方濃い方へと向かっていったところ、禍々しいデザインの扉で封じられた洞窟に出くわした。

 露骨に怪しさ満点だし、瘴気は扉の向こうから漏れ出てきているようだ。


 恐らく、この奥に瘴気の源があるのは間違いないだろう。


 ここまで、一度も魔物との遭遇がなかったのは幸運だった。


「せいっ!」


 立ち止まらず、腰の剣を抜いて一閃。


 流石はタダノテツノケン、いささかの抵抗も許さず頑丈そうな扉を真っ二つに斬り裂いた。


 残骸となった扉を蹴飛ばし、中に侵入する。


 ――バキン。


 そんな音が聞こえたため手元に目をやると、新しく貰ったタダノテツノケンはまたもポッキリと根本近くで折れていた。


「やっぱ、一回こっきりの使い捨てアイテムか……なんかいっぱいある的な話だったし、遠慮せずもっと沢山貰っときゃよかったな……」


 まぁ、今更言っても仕方ない。


「《ライト》」


 灯りとして、光系統の弱い魔法を灯す。


 俺でも一応ある程度魔法の並行発動は可能だけど、《ハイド》に《ドーム》、それと常時周りに展開している探索魔法の《サーチ》と合わせて五つの並行発動は流石に周囲への警戒が疎かになりすぎる可能性がある。


 なので、《アクセラレーション》は一旦解除。

 慎重に、けれど極力急いで進む。


 洞窟の中は入り組んだ迷路になっていたけど、《サーチ》でその構造は把握済み。

 というか瘴気の濃い方を目指していけばいいだけなので、迷うことはなさそうだ。


 警戒を怠ってはいないけど、今のところ洞窟内に魔物の気配はない。


 もしかして、魔物も瘴気を嫌がる傾向があるんだろうか……?

 まだ、俺の《ドーム》でも防げる程度の瘴気しかないようだけど……。


 そんなことを考えながら、もう何度目か数えるのも面倒な程の曲がり角を通過したところで、急に視界が開けた。


【ほぅ……ここを人が訪れるのは、いつ以来か】


 体育館くらいの広さの、ドーム状の空間。

 部屋の対角線上に、洞窟の入り口を塞いでいたのとよく似た扉が見えた。


 その他に目に付くものといえば、ただ一つ。


 部屋の中心にて、地面に刺さった剣のみである。


 剣を中心に、ここまでとは比べ物にならないほどの瘴気が渦巻いている。

 どうやら、瘴気の源はここ……あの剣で、間違いなさそうだ。


【だが、ここで引き返すが良い。我をこの地に封印する瘴気は、何人をも拒絶する】


 先程から聞こえてくる落ち着いた感じの女性の声も、どうもその剣から発されているらしい。

 まぁ異世界だし、喋る剣くらい珍しくもないのだろう。


 それより……瘴気があの剣をここに封印してるってことは、つまりあの剣を抜けばこの瘴気も消えるってことなのかな?


 《ドーム》に最大限力を込めながら、ゆっくりと歩みを進める。


【それに、仮に辿りつけたとて我を抜くことは叶うまい】


 《ドーム》を瘴気が突き抜けた瞬間、俺だけじゃなく姫様まで危険に晒されることになるんだ。

 慎重に……慎重に……。


【なぜならば我を封じたのは歴代でも最強と名高き魔王、大魔王モージアなのだから】


 って、あれ……?


 なんか、あっさり剣のところまで辿りつけちゃったぞ……?


【ふっ……この瘴気を抜けてくるか。ならば敬意を表して、我が名を名乗ろう】


 とりあえず、剣を抜いてみるか。


【我が名はペイルムーン。かの大魔王モージアすらも傷つけた聖剣、ペイル……って、ちょちょちょちょちょぉぉぉぉぉぉぉぉい!】


 剣の柄をむんずと掴んだところで剣が急に慌てた調子で叫んだので、ちょっとビクッとなってしまった。


「え、何……? もしかして、剣を抜いたら逆に瘴気が拡散するとかそういう系だった……?」


【いや、消えるけど! ウチの封印から漏れ出とるもんやから、ウチの封印さえ解けたら全部きれ~に消えるけども!】


「なんだ、だったらビックリさせないでくれよ……」


 ホッとして、剣の柄を握る手に力を込めようとしたところ。


【だからちょちょちょちょぉぉぉぉぉぉい!】


 再び剣が喚いて、またちょっとビクッとなった。


【え、マジか。自分マジか。こんっな意味深に剣が喋っとるんやで? ガン無視で抜こうとする? 普通もうちょい対話試みたりするもんやろ。コミュニケーションコミュニケーション! 人間関係の基本やで!】


「いやだって君、人間じゃなくて剣っしょ?」


【それで一本取ったつもりか! 剣だけに! こら参ったわ!】


 いや別にそんなつもりはないけど。


 あと、なんで途中から関西弁になってるんだろう。

 声の調子も、落ち着きの欠片も感じられないものになってるし。


「ていうか、こっちも急いでるから。とりあえず抜くな?」


【マジや……この子マジやわ………………ク、クク……よかろう。だが、我がモージアに封印され早千年。その間、幾人もの勇者が我が封印に挑んだが、その誰もが……】


「よっ!」


 まだ何か言っている剣を無視して、力を込める。


 すると。


「っとと……お、抜けた」


 あっさりと抜けた。


 というか結構気合いを入れて抜こうとしてたのに思ったよか全然抵抗がなくて、たたらを踏んでしまったほどだ。


 ――ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……!


 抜いた瞬間に剣の刀身から物凄い勢いで清浄な空気が吹き出し、瞬く間に瘴気は跡形もなく駆逐された。


「ふぅ……」


【諦め……………………て、は?】


 安堵の息を吐く俺の手の中で、剣が呆けたような声を上げる。


【……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 封印解けたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?】


 次いで、叫んだ。


【こんなあっさりと!? なんや大根でも抜くかのように!?】


 五月蝿いな……って、今は剣に構ってる場合じゃない。


「姫様……」


 背にした姫様の様子を伺おうとしたところで、気付く。


「っ!」


 周囲に展開している《サーチ》が、近づいてくる魔物の気配を察知した。


 続々とこの洞窟の中に入ってきているようだ。

 やっぱり、微弱とはいえ瘴気を嫌がってたのか……?


 マズいな、来た方の入り口は完全に魔物で溢れ始めてる……。


「となると……」


 部屋の対角線上にある扉へと目を向ける。

 扉の向こうに魔物の気配は……無し。


 繋がる先は、魔界側だ。


「どっちにしろ、あっちから出るしかない……か」


 姫様をしっかり背負い直し、扉に向かって駆ける。


「悪い、ちょっと力を貸してくれ!」


 一応、剣……ペイルムーンって言ってたっけ? に、お伺いを立ててみた。


【ん、お……? まぁ、えぇけど……いや、構わん】


「サンキュ!」


 許可が出たところで、扉に向けてペイルムーンを振り抜く。


 すると入り口の時と同じく、扉はあっさりと真っ二つになった。


【ふっ……見たか、この切れ味。これが、我が伝説の聖剣としての……】


「あぁ、タダノテツノケンと同じくらいに斬れてる!」


 けど、それよりも重要なのは。


【た、ただの鉄の剣……やて……?】


「それに……折れてない、よな?」


 何やら呆然と呟いているペイルムーンの刀身を眺める。

 そこには、罅の一つも入ってはいない。


【んあ……? そらまぁ、こんくらいじゃ折れへんけど……】


「そっか、頑丈なんだな! なるほど、だから伝説の聖剣なのか!」


 タダノテツノケンと同じくらいの威力があって、しかも使い捨てじゃないとか!

 流石すぎるぜ、伝説の聖剣!


 いやまぁ、今のところ聖剣っていうのはあくまで『自称』だけど……何にせよ、こりゃ思わぬ拾い物をしたのかも!

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