間章5 とある聖剣の驚愕

 いやいやいや……ちょう待って?


 頑丈さて。


 いやいやいや。

 ウチ、伝説の聖剣よ?


 どこ評価してんの?


 そらまぁ、かの大魔王モージアでさえ壊すの諦めて封印したくらいに頑丈ではあるで?

 けど、なんでそこしか評価されてない感じやの?


 ちゅーかよりにもよって、ただの鉄の剣と同じとは何ちゅう物言いや……。


 ……けど確かに、さっきの剣筋は見事やった。

 魔鋼製の扉が、まるで紙のようやったもんね。


 これほどの使い手と出会うのはいつ以来……いや、ウチの二千年近い剣生の中でも一番の使い手かもしれへんな。

 なるほど確かにこれほどの腕なんやったら、武器に求めるんなんて耐久くらいになるのかもしれへん……。


 とはいえ、ウチも伝説の聖剣言われとる身ぃや。

 ただの頑丈な剣やと思われたままでいるわけにもいかんわな。


【貴殿、貴殿】


「え、なに? 今、急いでんだけど?」


【なればこそだ。少しでいい、我に魔力を流すが良い。さすれば、たちどころにこの状況を打破してみせようぞ】


「えー……?」


 走りながらウチに向けられる目には、あからさまに不審が混じっとる。


「じゃあ、ちょっとだけな」


 けど、結局はそう言うてくれた。

 たぶん、えぇ人なんやろね。


「よっ、と」


 ウチを握り直して、軽く声を上――


【んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?】


 しゅごいのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?


「な、なんだよ急に叫んで……?」


【ぜぇ……ぜぇ……】


 アカン、一瞬理性が吹っ飛んでもうたわ……。


 刀身をビリビリ震わせて奇声を発したウチに、向けられる視線はさっきより一層不審げや。


 けど、しゃあない。

 あんなに魔力流されたら、しゃあない。


 声出てまうて。

 ウチ、こんなん初めてや……。


「まさか、今の絶叫が状況を打破する何かの手だったわけ……?」


【ちゃう……ちゃうけど……ていうか自分、ウチはちょっとでえぇ言うたやん……】


「? だから、ちょっとだけ魔力流したんだけど?」


 マジか。

 マジかこの子。


 いや。


 マジや、この御方。


 確かにさっきの一瞬、この御方の内にものっそい魔力の奔流を感じた。

 ウチに流れてきたんなんて、その極一部やったんやろう。


 例えるなら、大海から砂のお城の堀にちょろっと水を引いたようなもんや。

 それでさえ、危うく罅入るかと思たけどな……。


 こんな魔力、普通の人間が生涯かけたところで到底会得出来るもんやない。


 と、なると……。


【貴殿……名は何という? 何者なのだ?】


「影鷹月花。何者かっつーと、勇者……ってことになるのかな? 一応、たぶん」


【なるほど……】


 やっぱそうやったか……。


 確か勇者……召喚魔法で呼ばれた人間は、その恩恵で不老の身体を得るんやったな。

 つまり、本来人類ではあり得へんくらいの長い期間修行しとったってわけか。


 勇者はダブらせられへんはずやから……ウチが知ってる最後の勇者の次の勇者やとして、最長で千年くらいってとこかな……?


【して。貴殿、この世界に来て何年になる?】


「今日で、五年と一日目だよ」


【ほぅ……】


 ほーん、五年ね。


 五年……五年?


 五年!?


【はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 五年でどうやってそんなんなんねん!?】


「悪かったな、五年やってこんなんで」


 ほんで、なんで褒めてんのにそんな拗ねたような顔になるんや……。


 いやしかし、たった五年でこの魔力量……?

 更に加えて、さっきの剣の腕やて?


 こらマジもんの天才っちゅーか、化物かいな……。


 …………決めた。


 ウチ、決めたで。


「つーか君、さっきからキャラがブレすぎじゃないか……? そっちが素なら、もうそっちに固定しとけば?」


【素ぅ出すんはちょっち恥ずかしいんやけど……まぁ、ご主人はんがそう言うんやったらしゃあないなぁ】


「ご主人はん……?」


 ご主人はんが首を捻る。

 走りながらやいうのに、器用なもんや。


【せや。ウチ、ご主人はんの剣になることに決めたんや】


 剣としての喜びは、良き使い手に使われることや。


 その点で、ご主人はんは申し分ないどころの話やあらへん。

 もしかしたら、ウチの方が足引っ張ってもらうかもしれんレベルや。


 けどそれでも、この世界でご主人はんを一番サポート出来るんはウチしかおらへん。

 ウチにはその自負がある。


「ふーん? まぁ、頑丈な剣が手に入るのはありがたいけど」


【そこ! まずそこや!】


 何気ない感じで言うご主人はんに、ウチは声高に叫んだ。


「そこってどこよ?」


【まずはウチがただ頑丈なだけの剣やないって、証明させてもらいますわ】


「あぁ、状況を打破云々って言ってたな……結局君、何が出来るわけ?」


 オーケーオーケー、ご主人はんもウチに興味持ち始めたみたいやな。


【ほな、手始めに《サーチ》辺りからいっとこか】


「おっ、そりゃ助かるよ」


 ご主人はんは今、視界確保のために《ライト》を使用してはる。


 その状態やと、同時に《サーチ》まで発動するんは……。


「一応、常時発動はしてるんだけどさ」


 出来るんかい。


 ま、まぁ確かに考えてみれば、ご主人はんほどの方やったら魔法の二重発動くらいは出来へん方が不自然やわな!


 けど、ウチの《サーチ》はそんじょそこらの魔法師とは桁が……。


「それだと半径二十キロくらいの探知で限界だから、ちょっと不安だったんだよ」


【桁が違わへん!?】


 何言うてはるん、この人……?


 え、二十キロ?

 マジで言うてる?


 ウチの知る限り、人類最高峰の魔法師でも百メートルくらいが限界やで?

 それを遥かに超える、なんと五百メートルにも及ぶ探知範囲がウチの売りの一つやってんで?


 なに軽く桁違いで越えてはりますねん。


【ま、まぁ差し当たってはご主人はんの《サーチ》で十分そうやね】


「そうかな……?」


 何に疑問を感じてはるんや……この世界に、ご主人はんの探知範囲外から攻撃出来るようなロングレンジ魔法なんてあらへんからね?


 と、とにかく。

 ご主人はんの《サーチ》がパないのはわかったわ。


 けどウチの価値は、《サーチ》だけやないんやで!


【ほんなら、《ハイド》とかどうや?】


「あー、それも一応使ってはいるんだけど」


 ん?

 「使える」やなくて「使ってる」?


 そんな気配………………あっ、ホンマや!?

 隠蔽強度高すぎて、効果範囲内にいるウチでさえめっさよぅ見んとわからんかった……どんだけやねん。


【ま、まぁこの状況ならご主人はんの《ハイド》で十分そうやね】


「そうかな……?」


 だから何を警戒してはんねん。

 こんなもん、魔王の目の前で裸踊りしてても気付かれへんレベルやで。


 ……アカン。


 なんか、アカン流れを感じるでぇ……。


【えーと、《アボイド》とかも使えたり……?】


「一応、《ハイド》と同レベルくらいなら」


 つまり、世界から完全に隔離されるレベルやな?


 ま、まぁ《アボイド》は《ハイド》と同じ闇系統魔法やからね……これは正直予想しとったわ。


【《ドーム》……は、使うとったか】


「まぁ、使うだけなら」


 どこがやねん、ウチを封印しとった瘴気を完全に防いどったやないか。

 あれ、常人やったら即死レベルやからね?


【あっ、《ゲート》とか!】


「おぉ、《ゲート》使えるのか。そんじゃあそのうち頼むかも。俺だと大体、三十トンくらいの収納が限界でさ。まぁ、今んとこそれで困ったことはないけど」


 はいはい負けでーす、大敗でーす。


 知ってた。

 もう知ってた。


 ちゅーか、トンて。

 普通、百キロもいったら十分に超一流やで。


 ちな、ウチは五百キロまでいけるんやけどね?


 ……はは。


【……今更やけど、ご主人はんて何系統に適性あんの?】


「全系統適性持ちの器用貧乏だよ」


 お、おぅ……。


 確かに、普通は全系統の適性持ちなんて器用貧乏の代名詞みたいなもんやけど……これで貧乏言うてたら、他の全魔法師が素寒貧てレベルやないで。


 アカン……アカンでぇ……。


 ウチの売りは、『歌って踊れて魔法も使える凄い剣』や。

 魔法剣言うても一種類しか魔法付与されとらんのが大半やのに、ウチが使える魔法はなんと数百種類。


 そこらの魔法師なんかより断然豊富で強力な魔法で、魔法を不得手としがちな剣士を万全サポート!

 ……の、はずやったのに……このままやと、マジで頑丈さとラブリーチャーミングなトークだけが取り柄の剣になってまうやないか……。


 い、いや……まだや。まだ、ウチには取っておきがある。


「はぁ、ようやく洞窟抜けたな……そんじゃ、《ライト》は解除して……」


 そもそも適性持ちが滅多におらん上に、他に同系統の魔法が存在せぇへんせいで適性伸ばすんも尋常じゃない難易度やから、歴史上でも数人しか使い手がおらへん大魔法!


「すぅ……」


 その名は、時系統魔法……!


「《アクセラレーション》!」


 先に言われたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?


 ちゅーか、やっぱり使えるんかーい!


 なんかもう、ここまで来たらそんな気がしてたわ!

 逆に使えんかったら「そこは使えへんのかーい!」ってツッコミ入れるとこやったわ!


 ………………え、ていうか何?


 なんかこれ、周り完全に止まっとらん?

 落ちてる途中の葉っぱとか、空中で固まってますやん。


【あの……ご主人はん……? この《アクセラレーション》って、何倍くらいまで加速しとるん……?】


「ん? たぶん、二万倍くらい?」


【ぶっふぉ!?】


 なんかもう、驚きすぎて笑てもうたやないか。


 ちゅーかなんでいちいち桁が違うねんこの人。

 たぶん歴史上でも最高クラスのウチの《アクセラレーション》でさえ五倍程度やで。


 それでも相手より五倍も加速した時の中におったら、ほとんど無双状態やいうのに。

 この人、何と戦うつもりやねん。


「悪かったな、笑っちゃう程度の《アクセラレーション》で。どうせスライムにさえ追いつかれるレベルだよ」


 どんなスライムやねん、そんなスライムがおってたまるかい。


 ………………あっ。

 スライム云々はともかく、なんか今スコォンて繋がった気ぃするわ。


 まぁ勇者として召還されたくらいや、元々なんかしらの素養はあったんやろう。

 けどたぶんご主人はんの場合、それ以上に……。


【ご主人はんて、もしかして鍛錬中ずっと《アクセラレーション》使うてはった?】


「まぁ、使えるようになってからは大体そうかな?」


【使えるようになったんて、いつくらいなん?】


「んー……? 確か、こっちにきて一年くらい経った頃だったかな……?」


 やっぱりな……ってことは、大体そこから四年間か。


 単純計算で、四年を二万倍の時の中で過ごしたんやから八万年。

 まぁ流石に最初から二万倍まで加速出来たとは思えへんし、一日中使っとったわけでもないやろけど……十分の一と考えても、八千年分も鍛錬しとったわけか……。


 そら、これほどの使い手になるんも納得ですわ。

 ちゅーか、実質ウチより全然年上やん……。


「てか、それが一体どうしたわけ?」


【いや、ご主人はんはホンマ凄いお人やと思うてね……】


「はは……君は、結構皮肉屋みたいだな」


【どういうこと!?】


「いや、むしろどういうことってどういうこと……?」


 アカン、ご主人はんが何言うとるかわからん……。


 ……と。


 ご主人はんの凄さを目の当たりにした今、ウチは新たな疑問を覚えた。


【ところでさ】


 ご主人はんはさっき、洞窟に入ってきた魔物から逃げるように駆け出した。

 今も、めっちゃ周りを警戒しとるように見える。


 なんやまるで魔物を避けてるみたいな、勇者らしからぬ行動に思えるけど……。


【なんでご主人はん、魔物と戦わへんの?】


「バカ、そんなことしたら死んじゃうだろ」


 即答するご主人はん。


【……?】


 どういうこっちゃ……?


 ……あぁ、魔物が死んでまういう意味か。

 魔物相手にそんなん考える人間なんて初めて聞いたわ。


 不殺主義、っちゅうやつかいな。

 何の理由あってのことかはわからんけど……まぁ、ご主人はんがそう言うんやったらウチはただ従うまでやね。


「チッ……道が塞がってる」


 ふと、軽ぅ舌打ちするご主人はん。


 ん、イビルボアかいな。

 実際は横切っとる最中なんやろうけど、ほぼ停止した時間の中でイノシシに似とるでっかい図体がちょうど道を塞いでもうとる。


 まぁ、言うても回り道するなり飛び越えるなりなんとでもなるやろ。


「……? 《アクセラレーション》に付いてきてない……? もしかして、時系統に弱いタイプなのか……?」


【いやまぁ、そら弱いタイプっちゃ弱いタイプではあるんやろうけども……】


 ちゅーか、ここまでの《アクセラレーション》使われたらほとんどの生物は無力やで?


「ならいけるか……? せっ!」


 そう言うて、ご主人はんはウチを強く鋭く振り抜かはった。


 何の抵抗も許されんとそのでっかい身体を真っ二つにされたイビルボアは、実時間においてはド派手に血ぃ撒き散らしてすぐに事切れることやろう。


 ……………………って。


 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

 殺したぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?


 ビタイチ躊躇せんと殺ったぁぁぁぁ!?


 ほんならさっきの話なんやったん!?


「おぉ、流石伝説の聖剣だな。強そうな魔物が一撃だ」


 ウチなんもしとらんわ!

 百パーご主人はんの力や!


 もう、なんやのんこの人!?

 ウチ、もしかしたらものっそい変な人を主人に選んでもうたんやろか……?


 ……ま、まぁえぇわ。

 ウチ的には基本、強けりゃ他のことはオールオッケイ!


 ご主人はん、これからよろしゅうお願いしますぅ!

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