間章3 とある父親の葛藤

 余は、ゲッカ殿を信じてはいなかった。


 ゲッカ殿には、何も期待していなかった。


 魔王軍と戦う枢機国の長として、もはや勇者の存在は戦力外と考えていた。


 無論、最初からそうだったわけではない。

 なにせ言い伝えによれば、召喚魔法によって呼び出された歴代の勇者殿たちはその尽くが獅子奮迅の活躍を見せ見事魔王を討ち果たしてきたというのだから。


 どこか気弱そうで優しげな少年が現れた時に、些かの不安も抱かなかったというと嘘になるが……魔王討伐を快く引き受けてくれた彼を、心強く思ったものだ。


 スライムを倒せなかったという報告を受けた時も、最初はそんなものだと思った。

 ゲッカ殿は、元の世界では殴り合いの一つもしたことがなかったと言うておったしな。


 勇者召喚が、我が娘の魔法が選んだ方なのだから、すぐに頭角を現すだろうと思うておった。


 だが次の日も、彼はスライムを倒せなかったと報告した。

 その次の日も、更に次の日も、そのまた次の日も、ずっとずっと。


 やがて余は彼に失望し、怒り、嘲り、そしていつしか無関心となった。

 スライムすら倒す覚悟のない者に用なぞない。


 彼を城に置いていたのも、アンシアがいたからだ。


 折しも、魔王軍が人界に対して宣戦布告し、アンシアが勇者召喚の儀を執り行ったのはあれの母が亡くなってまだ間もない時だった。

 自らの手で異世界から呼び出した少年は、多感な少女の興味を惹くには最適であったのだ。


 いかにも優しげな雰囲気を纏う彼はその点については期待通りで、アンシアが懐くのにそう時間はかからなかった。

 母を亡くして以来明らかに無理に笑っていたあの子の笑顔もいつしか自然なものとなり、余はそれだけでも、あるいはそれだけは、彼の価値を認めておった。


 だが無論、アンシアをくれてやるつもりなどあるはずもない。

 アンシアが彼に惹かれておるのは知っておったが、それは思春期特有の麻疹のようなものだ。


 時期が来れば、始末すれば良い。

 利用価値があるうちは利用し、邪魔になれば消す。


 その程度の存在でしかない。

 そう思っておった。


 つい、昨日までは。


 余は今、彼をどう評価すれば良いのか迷っている。

 見上げれば目に入るこの天のように、余の心は曇ったままだ。


「ゲッカ=カゲタカ、参りました」


 軽く補修しただけで、未だ空が見えるままの謁見の間。


 入り口で深く礼をした後、ゲッカ殿が入ってきた。

 居並ぶ面々、ジェイスを筆頭に包帯に包まれた兵たちを見て、その顔に痛ましげな色が浮かぶ。


 が、すぐに表情を引き締め余の前に跪いた。


「よくぞ参った、ゲッカ殿」


 内心が決まらぬまま、差し当たり鷹揚に頷く。


「しかしゲッカ殿、どこにおったのだ? 朝から使いをやっていたはずだったのだが」


 なんと切り出して良いやら迷い、余は一先ずそんなことを口にした。


「あ、すみません……いつも通り、スライムと戦いに行ってました」


「ふむ……」


 またもスライム、か……。


 余は、武術に関して素人ではある。

 とはいえ、昨日の動きを見る限りあれでスライムも倒せぬとはとても思えんのだが……。


「陛下」


 と、ジェイスがそっと耳打ちしてくる。


「スライム、というのは恐らくはゲッカによる隠語かと」


「隠語……?」


 どういうことかと、余は僅かに眉根を寄せた。


「敵を騙すにはまず味方から、と申します。魔王を討つに十分な力を蓄えるまで、ゲッカはその実力を隠しきるつもりだったのでしょう。実際、昨日までゲッカがあれほどの力を身につけていることに気付く者は誰一人としておりませんでした。無論、自分も含め」


 ジェイスが横目を向ける先は、いつもと同じくボロボロになっているゲッカ殿だ。

 その姿は、明らかに実力の伯仲している敵を相手取ってきた事が伺えるものである。


 これまでの余は、スライム相手にそのザマかと嘲笑い……いや、長らくそれすらせずに只々無関心を貫いてきたのだが。


「今日も、スライムはおろか我らでは歯も立たぬ程の魔物と戦ってきたのでしょう。もしかすると、ある時を堺に急激に王都周辺の魔物の数が減っていったのも……」


「なんと……」


 ジェイスの言葉に、余は目を丸くする他なかった。


 確かにあれだけの技量、生半可な訓練で身につくものではあるまいが……スライムよりずっと強力な相手と戦ってきたというのであれば納得出来る。

 否、恐らくは命すら賭した激しい戦いを繰り広げなければ至れぬ境地なのであろうと、余でも想像出来た。


 だが……信じがたい思いだ。


 誰にも知られることなく、誰にも認められることなく。

 それどころか、多くの者から無能の謗りを受けて。


 それでもたった一人、ゲッカ殿はただひたすらに己を鍛え続けてきたと。

 いつか来るべき日に備えて、五年もの長きに渡って孤独に爪を研いできたというのか。


 その姿を想像すると、背筋がブルリと震えた。


 そんなもの、余ならば到底耐えられまい。

 投げ出すか、誰かに力を誇示したくなることだろう。


 覚悟がないなど……思い違いにも程があった。


 ゲッカ殿は、とんでもない覚悟を胸に秘めていたのだ。

 恐らくは、この世界の誰よりも深く熱い覚悟を。


 それも彼にとっては縁もゆかりもないはずの、この世界を救うために!


「ゲッカ殿、すまなかった!」


 本来であれば、どのような理由があろうと王が人前で頭を下げることなどあってはならない。

 だが、余はそうせずにはいられなかった。


「余はずっと、ゲッカ殿のことを誤解しておった! 許せ、などとは到底言えぬ……! だが……だが、恥知らずにもお願いしたい! この世界のため、ゲッカ殿の力をお貸しいただけぬだろうか!」


「……? はぁ、それはもちろんそのつもりですが……え? いや、ていうか誤解って何がです? 俺、何について謝られてるんですかこれ。謝られる覚えとか全くなくて逆に怖いんですけど……あの、顔上げてくださいよ……王様に頭下げられるとか、なんか凄いヤバい感じしかしないんで……」


 ゲッカ殿は、不思議そうに首をかしげた後にあたふたとした様子を見せるのみ。


 ……なるほど。

 自分はあくまで何も隠してなどおらぬし、スライムをも倒せぬ無能であると。


 誤解など何もないから、謝られる理由もないと。

 その態度を、貫くとおっしゃるのか!


 許しを与えてくださった上に、余の顔まで立てるために……!


 なんたる慈悲深さ、思慮深さか……!

 余は……余は、感動しておるぞ……!


「えぇっ!? ちょ、どうしていきなり泣き出すんですか!?」


 おっと……少々感情が高ぶりすぎたようだな。


 年を取ると、涙もろくなっていかんな……。


「あ、わかりました! これですよね! これのことで怒ってるんですよね! なんかもう怒りすぎてわけわかんない感じになっちゃってるんですよね!」


 と、何を思ったかゲッカ殿は腰にしていた剣帯を取り外す。


「すみませんでしたぁっ!」


 かと思えば突如、四肢を地に付け額を床へと擦り付けた。


「ど、どうしたのだゲッカ殿、いきなりそのような……」


 ゲッカ殿の意図がさっぱり読めず、余は半端に腰を浮かせて尋ねることしか出来ない。


「これ、折っちゃいましたぁ!」


 頭を上げぬまま、ゲッカ殿は戸惑う余に向けて剣を抜いて見せた。


 確かに、その刃はほとんど根本でポッキリと折れている。

 昨日、ジロバの首を斬った際に折れたのであろう。


 然もありなんというか、むしろ訓練用にと渡していた何の変哲もない鉄の剣であのジロバの首を落としたということが驚きなのだが……。


 しかし、ゲッカ殿は何を謝って……あぁ、なるほど。


「はっはっは」


 ゲッカ殿の真意をようやく悟った余は、笑い声を上げた。


「ほれ、皆の者も笑うが良い。これは、ゲッカ殿なりの冗談なのだ」


 そう。

 場も弁えず涙を流してしまった余が乱した空気を和ませようとしたのだろう。


 たかだか鉄の剣を折ったことを、それもジロバという大物を仕留めた代償で折れたにも関わらず、ゲッカ殿程の男が大げさに謝罪する……という身体を張った冗談なのだ。

 重ね重ね、ゲッカ殿には気を使わせてしまったな。


 余の言葉に納得したらしき皆も笑い出し、まさしくゲッカ殿の狙い通り場の空気が弛緩していく。


「ほれゲッカ殿、いつまでそうしておる。顔を上げてくれ」


「は、はぁ……」


 恐る恐る、といった様子で顔を上げるゲッカ殿。


 まったく、細やかな演技まで実に凝っておるな。

 まるで、本当に何を言われているのかわからないような顔に見えるぞ。


 しかし、これは言っておかねばなるまい。


「心遣いには感謝するがゲッカ殿、この世界でその格好は『土下座』といってな。恥と尊厳を捨ててでも謝罪したいという場面で使うものなのだ。ゲッカ殿の世界とは認識が違うようだが、こちらではあまり軽々しくやるものではないぞ。ほれ、立たれるが良い」


「はぁ……いや、その点においては全くもって認識に相違はないっていうか……」


 戸惑ったように立ち上がり、ゲッカ殿は何やらゴニョゴニョと言いながら余と折れた剣を交互に見ている。


 ふむ……そうか。

 いずれにせよ、代わりの剣は必要だな。


 それを言い出せぬとは、ゲッカ殿の謙虚さは美徳ではあるがそれも過ぎたるは困ったものよの。


「無論、代わりの剣はこちらで用意しよう」


「え!? もしかして、これと同じくらいの剣があったりするんですか!?」


 なぜかやたらと驚いた調子でゲッカ殿が食いついてくる。


「同じくらい……? というか、ただの鉄の剣であるからな。同じものはいくらでも用意出来るが……?」


「マジですか……もしかしてここ、武器無双的な世界観だったんですか……?」


 ブキムソウ……?


 時折、ゲッカ殿はよくわからない言葉を口にされるな。


「ていうか、タダノテツノケンっていうんですね。なんかそれだけ聞くと、鉄で出来た普通の剣みたいですね」


「うむ……。うむ……?」


 言っていることは合っておるはずなのに、なぜだか妙に噛み合っていないような気がするのは余の考えすぎかの……?


「それで、その……もっかい、タダノテツノケンを貰えるってことなんでしょうか……?」


「無論構わんが……いや、良いのか? もっと良い剣でも構わんのだぞ?」


「そ、そんなのもあるんですね……」


 何やらゲッカ殿は感心しきりの様子である。


「……いえ、でも遠慮しておきます。あんまりいい剣を貰っても、たぶん俺じゃあ使えないと思うんで。流石に、装備レベル的なものがあるんでしょうし……」


「……?」


 首を捻る余の耳に、再びジェイスが耳打ちしてくる。


「恐らく、手に馴染んだものの方が使いやすいということかと。実際、ゲッカ程の腕であれば下手な魔法補助が付与された剣など逆に邪魔になりかねませぬからな」


「なるほど、そういうものか」


 その言葉に、余も納得して頷いた。


「では、翌朝にはゲッカ殿の手に渡るよう手配しよう」


「そんなに早く手に入るんですね……ありがとうございます!」


 早いもなにも、武器庫から一本鉄の剣を取り出させるだけであるからな……。


 いや……そういえばゲッカ殿の世界では、公人は何をするにも書類作成と面倒な手続きが必要だとか言っておったような気がするな。

 そういったことを想像しておるのだろう。


「あの、それじゃブレイズ様……実は俺からも一つ、お話があります」


 表情を改めたゲッカ殿の目が、余を真っ直ぐに射抜く。


 それは決意を秘めた男の目であり、余も居住まいを正した。


「申してみよ」


「はい」


 ゆっくりと深呼吸するゲッカ殿。


「俺……明日から、魔王討伐の旅に出ようと思います」


 次いでその口から出た言葉に、室内が僅かにざわめく。


 余も驚き、思わず引き止める言葉を口に出しかけた。


 だが、ゲッカ殿の目を見てそれを押しとどめる。


「……もう、決めたのだな?」


「はい」


 ゲッカ殿は、迷いなく頷いた。


 元よりゲッカ殿はそのために腕を磨いておったのだし、今や魔王を討つに十分な力を身につけたということなのだろう。

 しかし、些か唐突な話ではある。


 となると……。


「俺、昨日城が襲われて……後悔したんです。弱くてもいいから、俺が早く旅立っていればこんなことにならはなかったんだって」


 やはり、昨日の事を気に病んでおったか……。


 そんなことはない、と言うのは簡単だ。

 実際、ゲッカ殿がいなかったからといって城が襲われなかったという保証はないし、ゲッカ殿がいたからこそ我らは救われたのだ。


 だが、ゲッカ殿はそのような言葉を求めているわけではあるまい。

 勇者の覚悟に水を差すのは無粋というものであろう。


「相分かった。必要なものがあれば何でも申されよ、出来る限り用意させよう」


「ありがとうございます」


「いや、礼を言わなければならぬのは我らの方だ。この世界のために戦ってくれること、心より感謝する」


 ゲッカ殿と余、お互いに頭を下げ合う。


「すまんな、ゲッカ。本来であれば供の一人でも付けられれば良いのだが……」


 ジェイスもまた苦い顔で頭を下げた。


 昨日の襲撃で、城に詰めている兵たち――すなわちこの国で最も腕の立つ精鋭たち――はほとんどが重傷を負っている。

 いや、仮にその全員が無事でさえも……。


「いえ、いいんです。どっちにしろ……足手まといになっちゃいますから」


 そう、ゲッカ殿の供を務めるにはあまりに力不足。

 力量差がありすぎる供を付けたところで、逆にゲッカ殿を危険に晒しかねん。


 非常に歯がゆく、心苦しい思いではあるが……。


「お待ちください!」


 場を重い沈黙が支配する中、その声は凛と響いた。


 次いで、勢い良く謁見の間の扉が開く。


「お父様、お願いがございます!」


 その向こうに立っていたのは誰あろう我が娘、アンシアであった。


 大股でゲッカ殿の隣まで歩み寄ったアンシアは、余に向けて跪く。


「わたくしがゲッカ様に同行すること、お許しくださいませ!」


 再び、そして先程以上に場がざわついた。


 余も、当然驚いた。

 驚いたが……しかし同時に、やはり、という思いもあった。


 余は、この場に現れたアンシアの決意の表情を見た時から……いや、もっと前からこうなることを予感していたのかもしれぬ。


 幼き頃から、三百年前の勇者と光の巫女……当時のトライデント王国の姫との冒険を描いた物語が大好きだったアンシア。

 自身も非凡なる才を有し、修練も欠かさなかった。


 ゲッカ殿を召喚してからは、ますます修練に身が入っておったな。

 今ではその剣の腕はジェイスさえ凌ぎ、光系統魔法に関しては世界でも屈指の使い手と言われるようになった。


 光の巫女の再来、とまで呼ぶ声もある。


 なるほど我が国からゲッカ殿の供を選別するのであれば、最も相応しいのはアンシアなのかもしれぬ。


 だが、それでも……。


「足手まといは承知しておりますわ」


 余の表情から言いたいことを悟ったか、アンシアは自らそう告げる。


 ゲッカ殿の表情が僅かに強張ったように見えた。

 やはり、アンシアでさえ足手まといであることはゲッカ殿も認めているのだろう。


 余は、瞠目する。


 余は、ゲッカ殿を信じてはいなかった。


 否。

 この世において、ゲッカ殿を信じておった者など昨日まで誰もいなかったであろう。


 ただ一人、我が娘を除いては。

 そのアンシアでさえも、ゲッカ殿の隠しておられた力を知っていたわけではなさそうだ。


 にも関わらず、アンシアだけはゲッカ殿を信じ続けた。

 人はそれを幼さゆえの盲信と、恋ゆえの盲目と笑うかもしれぬ。


 だが、今思えばそれだけでない確信がアンシアにはあったように余は思う。


 ならば……今度こそは、娘の慧眼を信ずるべきか。


「ふっ……」


 思わず笑みが漏れる。


 これまで周りを困らせることのなかったこの子の、最初のワガママがこれとはな。


 ゲッカ殿にさえ伝えておらんかったのだろう。

 彼まで随分驚いている様子ではないか。


 この思い切りの良さは、母譲りなのかもしれんな。


 だとすれば、一度言い出せば聞かぬ……か。


「よかろう」


 目を開き、余は告げた。


「お父様……!」


「うぇっ!? マジですか!?」


 アンシアが目を潤ませ、ゲッカ殿が驚きの表情となる。


「無論、ゲッカ殿が良いと申されれば……だが」


 驚かせてしまってすまぬな、ゲッカ殿。

 だが、アンシアの力はゲッカ殿もご存知のはず。


 その上で、ゲッカ殿の判断に任せるのが一番であろう。


 アンシアとて、ゲッカ殿本人に拒絶されれば流石に諦めるはずだ。

 決断を任せてしまう形となり、王としても父としても情けない限りではあるが。


「ゲッカ様……」


 跪いた状態のまま、アンシアがゲッカ殿を見上げる。


「どうか、わたくしをお連れくださいませ」


 その時、雲の切れ間が出来たのであろう。


 ちょうど二人を照らすように、抜けた天井の向こうから天の光が差し込んだ。


「わたくしのこの命、ゲッカ様に捧げます。どうぞ、お好きにお使いくださいませ」


 それは、まるで演劇の一幕のようだった。


 否。

 如何なる役者も舞台装置でも、今この場のような光景を創り出すことは不可能だ。


 差し込む陽光が、我が娘の金髪をキラキラと輝かせる。

 対照的に、それを映すゲッカ殿の瞳は全ての瞳を吸い込むような漆黒。


 そして。


「……はい」


 ゲッカ殿の首肯によって、その舞台は完成された。


 恐らく、熟慮の末に決断してくださったのだろう。

 その表情には未だ葛藤が見て取れたが、それもアンシアの身を案じてのこと。


 ゲッカ殿の優しさが滲み出ているようだ。


「ありがとうございます、ゲッカ様!」


 そんなゲッカ殿にアンシアが抱きつき、ゲッカ殿が優しく抱きとめた。


 アンシアとゲッカ殿、互いを見つめる目には確かな信頼関係が感じられる。


 天が祝福するかのように、二人をより一層強く照らした。


 誰からともなく、拍手が湧き上がる。

 余も、気が付けば手を叩いていた。


 それほどまでに神秘的で、感動的な情景であったのだ。


 ふふっ、ジェイスなど泣いておるではないか。

 奴は、かねてよりゲッカ殿を気にしておったものな。


 恐らくは、息子がようやく晴れ舞台に上がったかのような気分なのだろう。



   ◆   ◆   ◆



「……ふぅ」


 しかしそんな中、余は人知れず小さく溜め息を吐いた。


 この二人の行く先を思うとどうしても……な。


 ゲッカ殿であれば、アンシアを任せられる。

 今日、余はそれを確信した。


 だが、悲しいかな……二人は、文字通りに住む世界が違うのだ。

 恐らく、最後には別離が二人に訪れるのだろう。


 そう、三百年前の勇者と光の巫女がそうであったように。


 せめて、その日が少しでも遠く……などと願ってしまうのは、魔王軍と戦う国を率いる身として本来あってはならぬことなのだろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る