第3話 とある怯者の初陣②

「はー……」


 ブレイズ様との謁見の後、食事と入浴も終えての自室。

 俺は、長めの溜め息を吐き出した。


 それが疲れによるものなのか、この先の不安を思ってのものなのか、自身に対する失望から来るものなのか。

 自分自身でもよくわからない。


 恐らくは、それら全てがブレンドされて出てきた溜め息だろう。


 何気なく、室内を見回す。

 俺に割り当てられた、城の客室。


 俺には勿体無いくらい豪華な部屋だ。

 本当に、こんな俺を城に置いてくれてるだけでも……いや、生かしてくれているありがたい話と言える。


 なにせ、同じ世に勇者は二人同時に存在することが出来ないらしいのだから。


 そして、勇者を元の世界に返す扉を開くためには魔王の心臓が必要だそうで。

 つまり一度勇者を召還してしまえば、そいつが魔王を倒してくれることに全てを託すしかない……というのが、建前。


 けれど恐らくは誰でも思いつく、もっと簡単な方法があるはずだ。


 同じ世に、勇者は二人同時に存在することが出来ない。

 なら、既にいる勇者を消してしまえばいい。


 本当にこの世界のことを想うなら、俺は本来自分で……。


 ……って。

 ダメだな、あんま暗い顔をしてちゃ。


 たぶん、そろそろ……。


「ゲッカ様、いらっしゃいますか?」


 果たして思った通りのタイミングで、ノックの音と共に鈴を転がしたような声が届いた。


「えぇ、いますよ。入ってください」


 本来であればこちらからドアを開けて招き入れるべき……というか、わざわざ来てもらうのが恐れ多い相手なんだけど。

 そういう気遣いをすると嫌がられるので、ベッドに腰掛けたまま返事を返す。


「失礼致しますわ」


 そう断った後、ドアを開けて声の主が入ってきた。


 その瞬間、部屋の中が明るくなったような錯覚に陥る。


 腰近くまで伸びた、枝毛の一つもないストレートの金髪がさらりと揺れた。

 輝くような色合いのそれに負けないくらい、彼女自身が輝いて見える。


 もちろん、実際に発光しているわけじゃない。

 けれど、本当に眩しく見えるくらいに美しいんだ。


 形の良い眉、宝石のような碧の瞳を有する大きな目、すっきり通った鼻筋、ふっくらとした桜色の唇。

 全てが奇跡のような美しいバランスで配置されている。


 同じく信じられないくらい均整の取れた彼女の身体を包むのは、比較的ラフな部屋着ではあれど、間違いなくこの国で最高級のものだろう。

 庶民が身に着けようものならまず服に着られている感満載になること請け合いだけど、それでも彼女の身を包むには役者不足に感じてしまう。


 アンシア=トライデント様。

 ブレイブ=トライデント様の一人娘にして、国の宝とも称される美姫である。


 そして。


「ゲッカ様、今日はいかがでした!? ついにスライムを倒されたのでしょうか!?」


 恐らく今となってはこの世界で唯一、俺に対する期待を失っていない稀有な人でもある。


 いや……俺に対してこんなに純粋でキラキラした目を向けてくれる存在は、召喚当初でさえ彼女を除いて他にはいなかったように思う。


「すみません、今日もダメでした……」


 だからこそ、そう告げるのはとでも心苦しい。


「そうなんですの……」


 心から残念そうに姫様は眉根を寄せた。

 彼女にそんな顔をさせてしまう自分の事を殴り飛ばしたくなる。


 けれど俺が暗い顔をしていると姫様が懸命に励ましてくれて、更に申し訳ない気持ちになるのだ。


 だから。


「ま、でも今日はかなり惜しいところまでいった気がするんでね! なんつーかこう、コツ掴みかけてるっていうか! たぶん明日あたりイケるんじゃないですかねー!」


 俺は努めて、恐らくは白々しいまでに、明るく捲し立てた。


「そうですわね! ゲッカ様ならきっと明日こそは大丈夫ですわ!」


 果たしてどんな根拠で、何を理由に、五年間スライムすら倒せない俺に未だここまでの期待を寄せてくれるのか。

 心に刺さると同時に、その期待がどうにか俺を踏みとどまらせてくれてもいる。


 姫様の存在がなければ、俺はもうとっくに諦めてしまっていただろう。


「ところで、今日はコンビニの話をするって約束でしたよね?」


 それでもその期待の眼差しを受け続けるのはどこか辛くて、俺は露骨に話題を変える。


「はい、そうでしたわね!」


 楽しげに頷きながら、姫様は自然に俺の隣に腰を下ろした。


 ベッドの上で二人、互いの距離は十センチ程度しか開いていない。

 フワリと心地良い香りが鼻に届いた。


 チラリと横目で見てみれば、この距離でなお毛穴の一つさえも見えない程にきめ細かい肌が目の前にある。


 ま、とはいえ。


 いくら美しいといっても、俺が姫様と初めて会ったのは五年前。

 姫様が十二歳の時だ。


 当時から神が創りたもうた芸術品の如き可憐さではあったけど、門番のおっちゃんにも言った通り、俺にとっては妹のようなもの。

 なんかいつの間にか見た目年齢的には同い年くらいになってしまったけど……当然、クラッと来たりなどはしない。


「あーその、姫様……」


 しかしながら、妹のような存在だからこそ言ってあげないといけないこともあるだろう。


「姫様もそろそろ大人なんですから、もうちょっと男との距離感的なものを考えた方がいいですよ?」


 人差し指を立てながらそう言うと、姫様は一度目をパチクリさせた後でクスリと笑った。


「いやですわ。わたくしがこんなに近くまで身を寄せる男性など、ゲッカ様だけですわよ」


 ふむ……姫様も、俺に対して兄的な親しみを感じてくれているということか。

 兄離れ出来ない姫様には困ったものだけど……たぶん離れられたら離れられたで寂しくなると思うので、若干複雑な心境ではある。


 とはいえ昔は膝の上に乗ってきたくらいだったので、姫様なりにゆっくり距離を置こうとしているのかもしれない。

 であれば、見守ってやるのが兄的存在としての役割か。


 なんて、一人納得しておく。


「まぁ、ならいいんですけど……それじゃ、コンビニの話ですね」


「はい!」


 元気よく返事する姫様を微笑ましく思いながら、話し始める。


「コンビニっていうのは、まぁ平たく言えば何でも屋? みたいな感じですかね。食べ物とか本とか文房具とか、色んなものが置いてあって……あと、荷物の配達とかも請け負ったりしてて……」


「ふんふん」


 目をキラキラさせながら、姫様は興味深げに何度も頷いていた。

 何が面白いのか、姫様は地球の話を聞くのがお好きらしいのだ。


 それこそ、毎日聞きに来るくらいに。


 それとも……やっぱり、俺を気遣ってくれているのだろうか?


 実際、姫様にこうして地球の話をしている時だけは自分の状況も忘れられる気がする。

 魔王軍も、スライムも、それこそどこか遠い世界の事のように思えてくるような。


 そんな風に、考えた時だった。


 ――ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!


 突如、轟音が響いた。


「な、なんだ……?」


 まるで、近くに大砲の弾でもブチ込まれたかのような音だった。

 いや、近くに大砲の弾ブチ込まれた経験なんてないけど。


 ――ドン! ガッ! ガキンッ!


 今も、断続的に轟音は続いている。


 それに混じって、金属同士がぶつかり合うような……恐らくは剣戟の音も聞こえてきていた。


「謁見の間の方からですわ! 行ってみましょう!」


 止める間もなく、姫様が部屋を飛び出して行く。


「ちょ、姫様……!?」


 えー……? こういう時、お姫様って真っ先に安全な場所に避難するものなんじゃないの……?

 なんで、むしろ一番危険そうなとこに突っ込んでくの……?


 何気に姫様って、お転婆というか、勇敢過ぎるというか、好戦的なとこあるんだよなぁ……まぁ確かに、姫様なら……。


「……って、ボーッとしてる場合じゃない!」


 バチンと自分の両頬を叩いた後、剣を手に取り俺も姫様を追って部屋を出た。


 ……胸中に、とんでもなく嫌な予感を抱えながら。

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