第2話 とある怯者の初陣①
トライデント王国。
『アップス』と呼ばれているこの世界で、最大規模を誇る国らしい。
伝聞系なのは、俺がこの国……どころか、その王都周辺から離れたことさえないから。
スライムすら倒せない実力じゃ、様々な魔物が跋扈する街道を行くなんて自殺行為オブ自殺行為である。
まぁ、それはともかく。
規模が大きいからそうなのか、そうだから大きくなったのかのは知らないけど、トライデント王国はこの世界で最も魔法が発達している国でもあるらしい。
中でも、勇者召喚の魔法を使用出来るのは『アップス』でもトライデント王国の王族の血を引く女性だけなんだとか。
もっとも、勇者召喚なんて滅多な事がない限り使うようなものでもないんだけど。
そんな、『滅多な事』が起こったのが五年前。
魔界(このウィンズ大陸の西半分を、魔族の住む土地としてそう呼ぶらしい)の王、魔王が魔族と魔物を率いて人界に対して宣戦布告をしてきたのだ。
そんなわけで実に三百年ぶりに使用された勇者召喚魔法にて地球は日本から召喚された普通の高校生がこの俺、
ここまでは、創作物でもよくある話。
百遍どころじゃ効かないほどに使われ尽くし、今ではこんな設定で真面目にシナリオを書こうと思う奴なんていないくらいだろう。
けど今回のケースにおいて恐らく誰にとってもイレギュラーだったのは、召喚された勇者様がマジで掛け値なしのクソ雑魚だったという点だ。
五年かけて尚一ミリも成長することすらなく、最弱モンスターに未だ勝つことが出来ない程に。
「はぁ……」
門番のおっちゃんと別れた俺は、漏れ出る溜め息を垂れ流しながら王城を目指して王都を歩いていた。
こうしていると、それなりの頻度で視線を感じる。
召喚当初、派手にパレードで顔見せしたからな……俺の顔を知っている人は多いだろう。
更に異世界召喚補正なのか、俺の見た目は五年前からほとんど変わっていない。
髪は伸びるし鍛えれば筋肉も付くんだけど、加齢による変化がないのだ。
俺の容姿は、ずっと十七歳の時のまま。
内面の成長の無さがそのまま外見にも表れているようで、苦笑が漏れそうになる。
ともあれ。
視線を感じるとは言っても、今となっては大抵の人はこちらをチラリと見る程度だ。
もちろん、魔王を倒すべく召喚された俺に人々が当初向けたのは期待の眼差しだった。
けどそれがいつまで経っても旅立たない俺に対する不信に変わり、更にスライムすら倒せないという話が広まって侮蔑に至るまで、そう時間はかからなかった。
しかしまぁ人間、人を見下し続けるにもそれなりのモチベーションというか燃料が必要なようで。
『スライムすら倒せない』から一向に情報が更新されない俺に向けられる視線は今現在、無関心か、せいぜい憐憫くらいのものである。
それでも、やっぱり居心地の悪さを感じて。
俺は少し足早に、気持ち人の少ない道を選んで王城へと向かった。
「む……ゲッカか」
城門をくぐったところで、バッタリ出くわしたのは騎士団長のジェイスさんだ。
トライデント王国で二番目の剣の使い手と言われ、もう四十を過ぎているはずなのにその筋骨隆々な肉体は微塵も衰えていないように見える。
「あ、どうも……」
軽く会釈。
「その顔は、今日もダメだったようだな」
そのまま横を通りすぎようとしたところ、そんな風に話しかけられてしまった。
「えぇ、まぁ……」
流石に無視するわけにもいかず、立ち止まって相対する。
実は俺、ジェイスさんのことちょっと苦手なんだよなー……いや、髭面の強面が怖いからとかじゃなくて。
召喚当初はジェイスさん自ら稽古を付けてくれたりして、「ゲッカは筋がいいな!」とか褒めてくれるような割と良好な関係を築けていたと思うんだけど(今にして思えば、それも盛大なお世辞だったんだろうけど)。
「そうか」
短く言って、ジェイスさんはジッと俺を見る。
いつしか俺に向けられるようになった、この目がなんとなく苦手なんだ。
他の人とは、どこか違う種の感情を宿しているように思える目が。
期待、とは勿論違う。
けれど、無関心でも侮蔑でも憐憫でもない。
あえて言うなら……疑問、だろうか?
なんでコイツはいつまで経ってもスライムすら倒せないほどクソ弱いんだ? とか思われてるんだろうか。
「励めよ」
結局それだけ言って、ジェイスさんは俺とすれ違って去っていく。
「はい……」
その背中に、辛うじてそれだけ返した。
◆ ◆ ◆
「そうか。もう下がってよい」
一方、俺に対する態度が『無関心』になった筆頭といえば玉座におわすこの御方。
ブレイブ=トライデント様……名実ともにこの国のトップたる王様その人である。
召喚当時はお手本のような気力の充実した壮年男性といった印象だったのが、最近は随分とくたびれてきているように見える。
皺の数が増え、その金髪にも白髪が混じって輝きが損なわれているようだ。
まぁ、それでも十分イケメン中年って感じではあるんだけど。
期待の勇者が使い物にならない現状、枢軸国の長として魔王軍への対処に日々頭を悩ませているのだろうから、然もありなんという感じである。
謁見の間にて「今日もスライムを倒せませんでした」と報告する俺に一瞥さえくれず書類に目を落としたままの返答だったのもまた、然もありなん。
毎日毎日全く同じ、スライム倒せませんでした報告に耳を傾ける時間など無駄以外の何物でもないだろう。
「では、失礼します」
気持ち深めに礼をして、謁見の間を後にする。
謁見時間、実に十五秒である。
今度はブレイズ様からの返事さえもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます