間章1 とある衛兵の嘆息
王都の外壁に取り付けられた四つの門のうち、東門と呼ばれる門の見張り。
それが、衛兵たるオイラの役割だ。
毎日、様々な人がこの門を通る。
初めて見る顔もあれば、しつこいくらいに見慣れた顔もあるってもんで。
こちらに向かって肩を落として歩いてくる少年も、見慣れた顔の一つだ。
「よぅ、ゲッカ様!」
「どもです……」
手を上げ挨拶したオイラに、ゲッカ様は苦笑気味に笑いながら手を上げ返してきた。
この辺りじゃ珍しい、黒髪に黒い瞳。
それもそのはずで、なにせゲッカ様は異世界から召喚されたという『勇者』様だ。
もっともその顔立ちは優しげで、荒事に向いているようにはとても見えないが。
まぁ、実際……。
「今日も、ダメだったみてぇだな……」
「えぇ……」
暗い表情から察して確認したオイラに、ゲッカ様は軽く頷いた。
この五年、一日たりとも欠かすことなく朝に出て行き夕方に戻ってくるゲッカ様。
そんで何をしているのかってーと、スライム狩りってんだから驚きだ。
いや……実際には、狩りとも呼べない状況らしい。
なにせゲッカ様は、未だに一度もスライムに勝ててないってんだから。
こう言っちゃなんだか、荒事に向いてないにも程がある。
門の衛兵なんてまぁ花形たぁ程遠い役職で、そこそこ以上の実力を持つ奴がなるようなもんじゃねぇ。
それでも、ここに務めてる奴でスライムに勝てないようなのは一人たりとていないだろう。
オイラだって、十五になる頃にはスライムくらい余裕で蹴散らせていた。
「すみません……」
オイラに向けて、ゲッカ様が深く頭を下げる。
勇者とは思えないほどの腰の低さはゲッカ様の美点だとは思うが、しかし門の衛兵如きに頭を下げるとあっちゃぁ外聞が悪い。
……まぁ正直なところ、ゲッカ様に関してはもう外聞もクソもねぇような気もするが。
「いやいや、謝るようなこっちゃねぇって」
とにかくオイラは、ゲッカ様の肩を押して顔を上げさせた。
こうして触ってみると、体つきは随分ガッシリしているようなんだがなぁ……?
「なぁに、ゲッカ様もいつかスライムを倒せるようになるって!」
「はは……どうも……」
励ましのつもりで肩をバシバシ叩いてみるも、ゲッカ様の表情は浮かないままだ。
まぁ、オイラ自身も言ってて白々しいとは思う。
五年も毎日やってて未だにスライムにも勝てねぇとなると、これはもう戦いに関する才能が無さすぎるとしか言いようがねぇ。
今後に期待が出来るかって問われると、黙らざるをえない。
まぁ、他ならぬゲッカ様自身がそう思ってるからこその、この表情なんだろうが……。
「あー、その……アレだ、ゲッカ様は今でも城に住んでるんだよな?」
気まずい空気を払拭するため、だいぶ露骨ではあったが話題を変えることにした。
「えぇ、まぁ……」
「いいよなー、やっぱ城の食事って豪華なんだよな?」
「そうですね……スライムさえ倒せない俺には勿体ないくらいですよ」
はは、とゲッカ様は自虐的に笑う。
いかん、話題変えられてねぇ……。
「そ、それにゲッカ様はアンシア様とも親しいんだろ?」
「はい、仲良くして貰ってますよ」
別の話題を振ると、ゲッカ様の表情が少しだけ和らいだ。
「アンシア様、お綺麗になられたよなー」
こないだのパレードでお姿を拝見した時なんて、年甲斐もなくドキッとしちまったよ。
「そろそろ、ゲッカ様もクラッときちまうんじゃねーのかい?」
「よしてくださいよ、姫様は妹みたいなものですから」
ニヤリと笑って肘で突くと、ゲッカ様はまた苦笑気味に笑った。
妹みたいなもん、ねぇ……城から流れてくる噂を聞く限りじゃ、少なくともアンシア様の方はそうは思ってないんじゃねーかって気がするけどなー。
ま、あんま突っ込んで聞くのも下世話が過ぎるってもんか。
「それじゃ……俺は、これで」
「おぅ、また明日な!」
丁寧に頭を下げてから去っていくゲッカ様の背中に手を振って見送る。
……また明日、ねぇ。
その言葉通り、明日もゲッカ様はスライムと戦いに行くんだろう。
そして、たぶん勝てずに肩を落として帰ってくるんだろう。
五年間、毎日毎日繰り返された光景だ。
戦闘の才能に関してはともかくとして、それでも諦めない姿勢は尊敬に値するとオイラは思ってる。
だから、ゲッカ様の事を応援してはいるんだが……。
「まぁ……厳しいだろうなぁ……」
思わずそう呟いちまう。
しかし『勇者』様が当てに出来ない現状、魔王軍の侵攻に対抗する術はあんのかねぇ……?
幸い魔王軍の動きは鈍いようで、まだ
なにせトライデント王国は、人界の端にある国だ。
魔界はもう目と鼻の先と言っていい。
魔王軍が本格的に動き出せば、真っ先に矛を交えることになるのは間違いねぇ。
そうなりゃ、俺も無事でいられるかどうか。
「はぁ……」
思わず溜め息も出ちまうってなもんだよ。
まったく、せめてちったぁ明るいニュースでもないもんかねぇ?
ゲッカ様がスライムを倒せた、程度のもんでもいいからさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます