5 集中豪雨!

 七月の終業式の日だった。

 いつもと同じバスに乗っているのに、なにか胸騒ぎがする。海の色が違うように感じた。

 はっきりとわからない違和感。空気に色があるとするなら「暗い灰色」をしているように感じる。

「『妖怪』が来ますわ。それも群れで来ます。心して街や学校を守りましょう」

 ふっと気づくと、「おろち様」がバスの隣の座席に座っていた。わたしの腕からいつのまにか、離れていたみたい。


 わたしと同じように、学校の制服のブラウスを着ている。長い黒髪と白い肌。豊かな胸が羨ましい限り。って、見るところはそこではない。

(制服姿にもなれるんですね)

 いつもの青い着物も綺麗だけれど。


「わたくしは今日は、あなたのクラスメイトですわ。莉子さんも、浅岡さんも、そのように認識します。あの不届きな男にだけは、わたくしの術がきくかはわかりませんが」

 優希くんのことか。

 わたしに合意なくキスをした男。「おろち様」を雷で消滅させようとした男。「おろち様」はもちろん、優希くんのことが大嫌い。

 

 わたしは、どうだろう。

 優希くんのこと、好き? 嫌い?


 でも、今、大事なのはそこじゃない。「妖怪」の群れが来るだなんて。

「おろち様」がいるとは言え、わたしはちゃんと、街や学校を守れるの?


 学校に着くと、莉子ちゃんはごく普通に、「おろち様」に、「おはよう。真由香姉さん」なんて言ってる。

 真由香(まゆか)姉さん。と、クラスのみんなには認識されてるみたい。


 終業式の間中、わたしたちは体育館にいた。ひどく雷が鳴っていた。校長先生も、いつもなら長い話を早めに打ち切ってしまう。


「集中豪雨があるそうです。避難警報が発令されています。学校は地域の避難所に指定されています。終業式は終わりますが、教室にてみんな、待機しなさい」


 校長先生の話の後に、教頭先生が、みんなにそう話していた。「おろち様」とわたしとはうなずきあう。

「なんか、怖いね、真由香姉さん」

 莉子ちゃんが「おろち様」の服の袖を軽く引っ張る。「おろち様」は、「真由香姉さん」としてのふるまいが堂々としたもの。

「大丈夫ですわよ」なんて、莉子ちゃんの肩をトントンしてる。

 

 教室に戻ってすぐに、雷がますます激しくなっていく。数秒おきというところか。豪雨というのは本当で、教室が揺れるくらいの激しい雨が降り始めた。

「行きましょう。杏奈」

「おろち様」が立ち上がる。わたしも後に続いた。

 優希くんの姿を探すけれど、そう言えば、終業式の時の体育館でも、姿を見かけてなかった。


「どこに行くの? あなたたち」

 浅岡さんが叱るけれど、

「わたくしを誰だとお思いになって?」

「おろち様」は神様特有の凛とした表情になり、浅岡さんを睨み返す。


「誰って。……本当よ。あなた、誰なの?」

 浅岡さんは急に怯えて、「おろち様」に言った。クラスのみんなもざわついている。「おろち様」はそのタイミングで、ひらりと、もとの青い着物に「早着替え」した。


「わたくしは森嶋神社のものですわ。杏奈が仕えてる神ですのよ」

 不敵に笑うと、「おろち様」は悠然と教室を去る。

 わたしは「おろち様」についていく。

 教室の廊下がすでに水浸し。その上に、妙な海藻のような生き物がうねうねと動いている。


「そんな雑魚は放っておきますわ。敵は校庭。あの男が戦っておりますわね」

「おろち様」が少しだけ目を閉じている。全感覚を研ぎ澄ませてるのだろうか。わたしも真似をしてみると、脳裏に浮かんだ映像がある。

 

 優希くんだった。


 透明な大ダコのような妖怪と戦っている。

 タコは複数の足をかわるがわるに動かして、優希くんを苦しめていた。優希くんは雷を勢いよく出して、タコの足を二本、すでに切断していた。

 でも、その足は再生しかかっている。


「あの男を助けられますか」

 乾いた声で、「おろち様」はわたしに言った。




 

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