4 束の間の平穏

 七月になった。

 わたしは毎朝、今では五時半に起きて、「おろち様」とブルーレイ鑑賞会。

 近隣に家はないし、おばあさまにも気兼ねなんてしなくていい。

 おばあさまの崇拝してる「おろち様」をいい気分にさせるために、ブルーレイ鑑賞が必要なんだもの。

 

 毎朝、弾む気持ちで登校しているうちに、石沢莉子(りこ)さん、ううん、莉子ちゃんから、「おはよ」と毎朝、言われるようになった。他の女子たちの態度も何となく軟化してる。あれ?

 莉子ちゃんは給食の時の班は別なのが、とても残念なんだけれど、この間、体育のバドミントンでペアになってくれた。

 フワフワしたツインテールの髪の毛。屈託ない笑顔。莉子ちゃんはわたしとは違って、日本人のアイドルが「推し」みたいだけれど、韓流アイドルの話をしても嫌がらない。


 なんか、幸せだよね。

 トイレに一緒に行く友達もできた。


 逆に、屋上での一件以来、優希くんはわたしと距離を置いてた。時々、目が合ってしまうこともあるけれど、それだけ。

 話しかけてくることはなくなった。



✳︎ ✳︎ ✳︎

 うちの学校は、どういうわけか七月に、期末の「球技大会」がある。クラスの全員が参加ではなく、運動に自信のある一部の男子や女子だけが参加する、お祭りみたいなものなの。

 クラス委員長の浅岡玲奈(あさおか・れいな)さん率いる、クラスの女子のバレーボール軍団が、全校の中での「三位決定戦」にこれから挑む。

 自分が出るわけでもないのに、心臓がドキドキ、うるさい。

「頑張ってー」

 莉子ちゃんと一緒に、体育館の壁際で声を張る。すると、浅岡さんがこちらを見てた。ふん、という声が聞こえてきそう。

 浅岡さんの鋭いサーブが決まる!

「ナイスサーブ!」

 声をあげてる時に、

「どんだけ応援するのに一生懸命なのさ(笑)」

 優希くんがわたしの隣に来た。わたしは、急に胸が高鳴ってしまう。


 この人と、わたし、キスしたんだな。

 

 そこに「ラブ」があったのか。その場限りなのかもわからない。

 きっと、忘れてるよね。

 わたしなんて、エナジードリンクなんでしよ。


「バカ。そんなんじゃねえし」

 まるで、わたしの心の言葉が聞こえたみたいなタイミングで、優希くんはそう言った。

 彼は、

「浅岡。みんな、頑張れ!」

 と、短く声を張る。その声は不思議とよく通る。そんなに大きくはないのに、ちゃんとみんなに届く。聞いたバレー集団は一気に色めき立ってる。

 すごい。優希くんに「乗せられて」る。

 じゃんじゃん点を入れて、三位にランクインして、試合終了のホイッスルが鳴る。

 わたしは隣を見た。優希くんと久しぶりに、もっと話したい気持ちがしたから。

 でも、優希くんの姿はもうなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る