1 クラスのイケメンくん

 六月前半にそのアザができて以降のわたしは、しょっちゅう水難に見舞われた。

 何せ、ちょっと気を抜くと「学校に雨を呼んで」しまうのだ。雨を呼ぶ、なんて言っても大人にはわからないだろうけれど。思春期の人間は、人と違うものに敏感。

 だから、クラスメイトはなんとなく察するのか、ひそひそ噂をしていた。


 由緒ある神社の跡取りという立場から、これまで

わたしへのいじめというのはなかった。たとえ、給食を食べている時に会話ができなくたって。



 でも、今は、わたしが誰かのそばに寄ると、その人はいつも、さっと離れてしまう。

 わたしの周りの空気が「ひんやりと冷たい」みたい。


 そして、少しでも油断すると、わたしの中の「おろち様」が雨を呼びに行ってしまうの。


「妖怪、アメフラシだよね」

「あのアザ。かわいそ(笑)」



 クラスの女子たちの心無い噂話を、トイレの個室にいた時に聞いてしまった。心がズキズキ痛む。

 

 放課後のホームルームの時に、先生から「お知らせ」があった。

「どういうわけか、この地域だけが雨天続きだな。そのことで、特定のクラスメイトのせいだとか、根も葉もない噂が流れていると聞いたぞ。みんな、本当か?」


 クラスのみんなはもちろん、知らん顔。


 先生も忙しいみたいで、形式的な説教を垂れ流した後、ホームルームはダラダラ解散。

 わたしは下を向いて、机の前から動けない。


「なあ。先生言ってたの、お前のこと、なんだろ」

 クラスメイトたちが下校していく中、急に声をかけられて、びくりとする。斜め前の席の織田優希(おだ・ゆうき)くんだ。

 背が高くて、痩せてるけれど筋肉質で。髪の毛が金髪なのは生まれつきだとか(本人がそう言ってるんだけれど、生まれつき金髪なんて、親御さんが外国人なのかな?)


 彼は先月、転校してきたばかりから、森嶋神社のこととか知らないし、わたしのこれまでの「ぼっちの人生」も知らないんだね。

 短く切り揃えられた金髪や、彫りが深くて整った顔立ちを見てると、わたしの「推し」の韓流アイドルを目にしたような、ギュンとする想いが湧き上がる。


 この人のこと、学校内の「推し」にしたいな。


 そんなことを思ってしまう。

 顔に出たらいけないから、目をそらしてしまう。


「森嶋。なんか困ってたらさ。俺のこと頼れよ」


 そう言って、わたしの右腕にさりげなく触れた彼の手は、とても温かい。


 懐かしいような、でもどこか哀しいような想いが胸の中に湧いた。


「わたしなんかと、関わらないで」


 顔が真っ赤だ。やばい。「推し」に話しかけられる、なんて、落雷級におっかない。


「顔、あげて」

 そう言われて、顔をあげてしまう。

 優希くんは青みがかった不思議な色の目をしてる。やっぱり、ハーフなのかな。


「アザ、なくしといてやったぞ」


 ナチュラルな言い方で、優希くんは耳元でささやく。慰めてくれる。心がじわりと熱くなった。


 この人、わたしの「アザ」へのコンプレックス、笑い物にしたりしない。噂したりもしない。


 今の接近で、クラス内に十人は敵が(女子の敵がね!)増えたように思うけれど。


 優希くんが帰ってしまったあと、わたしはようやく、カバンを持つ気になる。ついでに、右腕に目をやった。そして、二度見してしまう。三度目も。


 アザが、アザが消えてる!


 本当に、消えてるよ!


 

 

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