第6話 「可愛い声、聞かせて?」
「高級梵天ちゃん、入りまーす」
入鳥の声に続いて、アナタの左耳をサラサラとした柔らかな音が満たし始める。
「どう、柑奈? いつも聴いてるASMRの梵天の音と、何か違う?」
「う〜ん……? ど、どうだろ? 違うような、違わないような。あ、でも、いつも聴いてるやつより音は軽い感じかも」
「ふむふむ、なるほど……。その感じだと、梵天の質自体であんまり音の違いはない感じなのね。まぁ、あたしが耳かき初心者っていうのもあるかも知れないし、もう少し続けてみても良い?」
「う、うん! むしろわたしの方から、お願い!」
鳥取の言葉にクスリと笑った入鳥の吐息が聞こえたあと、再び梵天耳かきが始まる。
「ふわ、ふわ。ふわ、ふわ……。さら、さら。さら、さら……。ふわわぁ〜」
そんなオノマトペも交えながら、サラサラとした軽い音が、アナタの耳を撫でる。
「お耳が、しゃあわせ〜……」
「柑奈ってば、だらしない顔して……。可愛い♪」
「うぅ〜……。からかわないでよ、ミャーちゃん〜……って、ひゃわ!?」
「ちょ、柑奈!? 急に変な声出さないで! あたしまでびっくりするじゃない」
「だ、だって、今の音、気持ちよくて……」
「今の、って……。ははん、なるほど。柑奈は奥の壁のところ、強く擦るのが好きなのね?」
「そ、そんなことない……ひゃぅ!?」
入鳥が梵天で優しく力を込めて耳を撫でる。そのたびに鳥取が、悲鳴を上げている。
「それ、それ……♪」
「あ、うっ……。ひゃんっ」
「ふふっ♪ 柑奈の可愛い声、もっと聞かせて?」
「ミャーちゃん、もうダメ……。もう、ダメ……だから……っ」
梵天耳かきの音と、楽しそうにじゃれ合う2人の声が続き……。
「ふぅ~〜〜…………。はい、左のお耳、おしまい! 少し休憩したら、反対のお耳もしていきましょうか」
ひときわ長い耳へのふぅをした後に、耳かき中とは異なる、普段通りのハキハキとした口調で言った入鳥。
「……うん? 柑奈? 聞いてる?」
「ふぇ? あ、う、うん。でも、ごめんね、ミャーちゃん。少しお手洗い、借りてもいい?」
「もちろん。場所は覚えてる?」
「うん。じゃ、じゃあちょっとだけ、お借りしま〜す……」
覚束ない足取りで部屋を出ていく鳥取のスリッパの足音が、聞こえなくなる。と、
「あ、危なかった〜……!」
誰もいなくなったことで安心したのだろう。それはもう大きな安堵の息を、入鳥がこぼした。
「間接的に耳かきされて、幸せそうな柑奈があんまりにも可愛すぎて、思わず好きって言っちゃった……」
アナタを抱き抱えたまベッドの上で寝返りを打つ入鳥。衣擦れの音が止めば、聞こえてくるのは入鳥の心音だ。
「胸に抱いたダミへ君を通して、聞こえる……。あたしの心臓の、音。トクトクッて、自分でも心配になるくらい、早い……。でもコレってきっと、幸せの音。いまなら不整脈で死んじゃってもいいって思えるわ」
そのまましばらく、早鐘を打つ入鳥の心音を聞き続ける。その状態のまま、入鳥の独白を聞くことになる。
「う〜……。柑奈は普段通りだったし、うまくごまかせた……わよね? 今ほど、あの子が純情で良かったって思ったことはないわ。……よいしょっと」
ベッドから起き上がる入鳥の声と布の音が聞こえる。コトリと机に置かれた音がして、少し離れた位置から入鳥の声がするようになる。
「危なかったと言えば。ダミへ君も聞いたでしょ? 柑奈の可愛い声。危うく、成人向けのASMRを始めようかと思っちゃうくらい、可愛くなかった?」
感慨深げに、あなたに話しかける入鳥。
「うぅ〜……。正直、最後まで理性が持つか心配だわ。もしあたしが暴走しそうになったら──」
不意に足音が近づいてきて。
「──ダミへ君。どうにかしてあたしを止めてね」
そんな囁きが、耳もとで行なわれるのだった。
「なんて! 誰かに……ましてや物に頼るなんて、あたしらしくないわね」
パチパチと、頬を叩くような音が何度か聞こえる。
「あたしは入鳥黒猫。柑奈が安心して頼ることができる、完全無欠の完ぺきな幼馴染なんだもの。しっかりしなくちゃ!」
「お手洗い、お借りしました!」
「お帰り、柑奈。スッキリした顔ね。……って、もしかして。ASMRの間、ずっと我慢させちゃってた?」
「ううん、ミャーちゃんは気にしないで! わたしの個人的な事情だから」
「個人的な事情……? ああ、なるほど。腸内環境の改善にはヨーグルトが良いから、後で持ってきてあげるわね。それじゃああたしも、少し席を外すわね」
「う、うん。行ってらっしゃい」
先ほどとは逆。鳥取と入れ替わるように、入鳥のスリッパの音が押さ遠ざかっていった。
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