第5話 「深い意味は、ないから!」

 呆れた入鳥の声が聞こえたあと、耳かきが再開される。今度は先程よりも近い位置で、ザザザザッという音が聞こえてくる。


「んっ……。奥の音、ヤバいわね。イヤホンで聞いてる私ですら、思わず鳥肌立っちゃった」

「わたしはミャーちゃんの声の方に大洪水です」

「あ、ごめんね、柑奈。何か言った?」

「や、ヤバ! 思わず本音が……。え、えとえと、わたしも興奮したよー、みたいな……?」

「どうして疑問形なのよ。まぁそれよりも……うん、そうよね! こう、この辺をカリカリってすると……んっ、良い音♪」

「甘い声! ご、ご馳走様でしゅっ!」


 そのまましばらく、耳かきや入鳥の吐息がアナタの左耳に届く。しばらくすると、楽しくなってきたのだろう。耳かきする場所や強弱が生む音の違いを楽しむ入鳥の声と吐息が聞こえてくる。


「ここは……、悪くないわね。こっちだと……うん、イイ感じ! じゃあここを少し強めに、コリ、コリ……。今度は弱めに、カリ、カリ、カリ……」

「あぅっ。心地よい音を楽しそうに探しながらも、オノマトペも忘れない。しかもそれを無意識にやっちゃうなんて……。さすがミャーちゃん。さすミャーです」

「柑奈、考え事が声に漏れてるわ。……けど、喜んでくれているようで何よりよ」


 再び楽しそうな入鳥の声と吐息だけが聞こえるようになる。そんな状態が続くこと、しばらく。


「学校はどう? 中学と違って8クラスもあって、初っ端からクラス分かれちゃったけど」


 のんびりと。気の置けない2人のやりとりが始まる。


府立ふりつ六花りっかに入って1か月弱。あたし以外のお友達、出来た? 少なくとも、一緒にお昼を食べられるようにはなっていて欲しいんだけど」

「お、お昼を、誰かと一緒に? え、えへへ。……はぁ」


 気落ちしたような鳥取のため息が聞こえてくる。


「その感じ……。やっぱり人見知りしちゃう?」

「う、うん。……ご、ごめんね? 心配かけてばっかりの、幼馴染で」

「謝ることじゃないわ。誰にだって得意・不得意はあるものよ。柑奈の場合、それが人付き合いってだけ」

「ミャーちゃん……! で、でも。ミャーちゃんには苦手なこと、無いよね?」

「ふふん、もちろん! あたしは完ぺきなの。強いて言うなら何かを苦手にすることが苦手、なのかしら」


 自信たっぷりに言った入鳥が、口調を優しいものに変える。


「……だから柑奈は安心して、自分のペースで苦手を克服しなさい。失敗しても、完ぺきなあたしがフォローしてあげる。そばにいてあげるから」

「みゃ、ミャーちゃん……!」

「あっ、だけど」


 会話に集中するために、耳かきの手を止めた入鳥。


「苦手を克服しようとしないのはダメよ。あたしは頑張ってる柑奈が好きなの。甘やかすつもりはないから」

「ミャーちゃん……」


 声に残念さをにじませた鳥取の声を最後に、耳かきが再開される。が、不意に、何かに気づいたような入鳥の息遣いが聞こえて、


「か、柑奈? さっきの『好き』っていうのは、その、友達としてよ? それ以外に深い意味はないから!」


 慌てたように早口でまくしたてる。


「……? 分かってる、よ? むしろそれ以外に意味なんて──」

「そうよね、無いわね! ごめんなさい、今のは忘れて!」


 入鳥が声を荒らげると同時。アナタの耳に鈍い音が走る。


「ミャーちゃん! お耳! たぶん今、ダミへさんの鼓膜が1回死んじゃったよ!?」

「え? あー!? ご、ゴメンね、ダミへ君! えっと、こういうときは……」


 ふーっ、ふーっ、と。何度もアナタの左耳に息を吹きかける入鳥。しかし、次第に落ち着きを取り戻したのだろう。


「……どうしてあたし、ダミへ相手に取り乱してるのかしら?」

「ふひっ……。慌てるミャーちゃん、可愛かったよ?」

「そ。ありがと。一応マイクが無事か確かめるために、もう少しだけ耳かき、続けるわね。あ、でもその前に……」


 そう言った入鳥の吐息が近づいてきて、


「ゴメンね、ダミへ君♪ 今度はちゃんと、気持ちよくしてあげるから」


 そんな囁きとともに、奥の方の耳かきが再開する。その後は特に大きな波乱もなく、楽しそうな入鳥の声と息遣い。鳥取の気持ちよさそうな吐息が遠く聞こえる時間が続いて……。


「はい、耳かきおしまい! それじゃあ、最後に……予告していたこの子の登場ね」


 ビニール袋をガサガサする音が鳴る。


「じゃじゃーん。高級梵天ちゃん。コレ1本で耳かき10種セットと同じ値がするの」

「お、お〜……! そう聞くと、なんか高級っぽいよ、ミャーちゃん!」

「ふふんっ、そうでしょっ? 奮発したぶん、せいぜい音の違いを楽しませて貰いましょ。……それじゃあ、高級梵天ちゃん、入りまーす」

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