第4話 「耳かき、はじめましょうか?」
「さて、今回使う耳かきはコレ。ステンレス製の、少し幅の広い耳かき。竹製のものより衛生面を管理しやすいのが個人的に高評価ね」
優しく語りかけるような口調で、アナタの左耳に話しかける入鳥。
「それに、実はこの耳かき、10種類セットの1つなの。後で時間が余ったら他の耳かきも使う予定で……って、柑奈。そんなにあたしを見つめて、どうかしたの?」
「ミャーちゃん、ミャーちゃん。ASMRにおいて
「梵天って言うと、アレよね。耳かきの先端についている、モフモフのやつ。確かにこの耳かき……というよりステンレス製の耳かきにはついてないけど……ふふん、安心してくれていいわ。あたしを誰だと思ってるの?」
そんな人の声のあと、耳元でビニール袋をガサガサとする音がする。
「そ、それって……!」
「そうよ、柑奈。ちゃんと“梵天だけ”も買っているから。それもガチョウの羽毛を使った、少しお高いやつ」
「お、お高いやつ……ゴクリ。さ、さすが抜け目ないね、ミャーちゃん!」
「ふふっ、当然じゃない」
だって今日は柑奈を骨抜きにするために、一生懸命準備したんだから。
ボソッと呟かれた入鳥の言葉に対して、
「ご、ごめんね、ミャーちゃん。今ヘッドホンしたばっかりで……。何か囁いてくれてた、かな?」
申し訳無さそうに鳥取が言う。
「ううん、なんでもないわ。そ、れ、よ、り、も──」
衣擦れの音とともに入鳥の声が左耳に近づいてきて……。
「──耳かき、はじめましょうか?」
「あぅ……。推しの囁きとか……最高です! う、うん。来て、ミャーちゃん!」
「それじゃあ……耳かき、失礼しま〜す」
ゾゾゾゾッという音がして、耳かきが始まる。
「確か、最初は入口の浅いところするのよね……」
耳かきの音と入鳥の吐息が、アナタの左耳を断続的に襲う。
「あ、ぅ……。推しの……推しの息に、わたしの耳が
「柑奈〜。変なこと言いながら視界の端で身悶えないでくれる? アナタに直接耳かきをしない理由、そうやって動いちゃって危なそうだったからっていうのもあるのよ?」
「あぅ。ご、ごめんね? でも、高性能のマイクを通して聞くミャーちゃんの音、すごくって」
「あ、あたしの音……? コホン。とりあえず続き、やっていくわね」
そのまましばらく、耳かきと入鳥の吐息だけが聞こえてくる。
「ここを、こうして、こんな感じで……。ふふっ、我ながら良い音が出ていそうね。柑奈、どんな感じ? ……って、そのだらしのない顔を見れば、聞くまでもないわね」
「しゃいこうだよ、ミャーちゃん……」
「そ。じゃあ、どんどん、やっていくわよ」
再び入鳥の吐息が近づいてきて、耳かきが再開される。
「そうそう。オノマトペもASMRになるんだったわ。えっと……。カリ、カリ。カリ、カリ……。こしょ、こしょ。こしょこしょ……」
時折オノマトペも挟みながら、入鳥の耳かきが続く。
「ASMR……。Autonomous Sensory Meridian Response。日本語だと、自律的感覚絶頂反応、だったかしら。柑奈の好きなものを否定するつもりはなかったけど、最初は成人向けコンテンツだと思っていたわ」
耳かきの手は止めず、人の独り言が続く。
「いえ、まぁ、実際。そういうコンテンツもたくさんあるみたいだし、ソレも1つのASMRのあり方だとは思うけど。あたしは未成年だし、こういう、健全なASMRの方が好きみたい」
「分かるよ〜、ミャーちゃん。美少女はパンモロよりもパンチラが良いってことだよね。エロを前面に出される萎える、みたいな」
「ちょっと柑奈が何言ってるか本気で分からないけど……。そうね、例えば雨の音とか、水が流れる音とか。そういう自然の音が、あたしは特に好き」
耳かきと同じように、2人の会話も続く。
「じゃ、じゃあなんでミャーちゃんは耳かきを?」
「配信することを前提にしているし、王道かつ、あたしのV……“ニオ”のファンの人が、喜んでくれると思ったの。事実……」
耳かきの音がやみ、衣擦れの音とともに入鳥の吐息が近づいてくる。
「こういうの、好きでしょ?」
「あぅ!? 推しの耳もと囁き、ヤバ〜ッ! ミャーちゃん……じゃないっ! ニオちゃん! いくら払えば良い? いくら払えば今のファンサに見合う!?」
「はいはい、落ち着いて、柑奈。現実でスパチャは受け付けていませーん。というより金銭の授受があると、もうそういうお店になっちゃうじゃない」
「良いよ! 接待プリーズ!」
「いや、良くないでしょう? まったく、もう……。ほら、耳かき、奥に入れていくわよ」
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