第21話 鏡の向こう側
暗闇の中で、壁に浮かび上がった文字が俺たちを見下ろしている。
《お前たちに、最後の選択をさせてやろう》
「選択?何を選べってんだよ」
カズマが苛立たしげに呟いた。
その瞬間、部屋の中央に巨大な鏡が現れた。歪んだ表面が不気味に光っている。
ナナミが息を呑んだ。
「これが……『デジタルの迷宮』への入り口?」
俺は拳を握りしめた。
「どうやら、ここから入れってことらしいな」
サクラが不安そうな声で言った。
「でも、罠かもしれないわ」
「そうだな」
俺は頷いた。
「でも、他に選択肢はないみたいだ」
カズマが肩をすくめた。
「まあ、俺たちにとっちゃ罠だらけの人生だしな。慣れてるって」
「アホか」
思わず笑ってしまう。
「こんな時でも冗談言えるのはカズマだからだな」
「へへ、緊張してんのバレた?」
カズマは照れくさそうに後頭部を掻いた。
ナナミがパソコンを手に取りながら言った。
「とにかく、できる限りの準備はしたわ。あとは……」
「行くしかないってことだな」
俺は深呼吸をした。
「よし、みんな準備はいいか?」
全員が頷いたのを確認して、俺は鏡に手を伸ばした。指先が表面に触れた瞬間、強烈な光に包まれた。
目を開けると、そこは想像を絶する光景だった。
無限に広がる空間に、数え切れないほどの鏡が浮遊している。それぞれの鏡に異なる風景が映し出されていた。
「うわぁ……」
サクラが目を見開いた。
「これが……『デジタルの迷宮』?」
カズマが口笛を吹いた。
「すげぇな。まるでSF映画みたいだぜ」
ナナミは既に分析モードに入っていた。
「興味深いわ。これらの鏡は、恐らく異なる仮想空間への入り口ね」
俺は周囲を見回した。
「問題は、どの鏡がマユとキョーコさんがいる場所につながってるかってことだな」
その時、遠くの方で一つの鏡が明滅しているのが目に入った。
「あれだ!」
俺は思わず叫んだ。
「あの鏡が何かを伝えようとしてる」
「おっと、そう急ぐな」
カズマが俺の肩を掴んだ。
「ここは俺に任せろ」
カズマは目を閉じ、深く呼吸した。次の瞬間、彼の体が光り始め、無数の微細な粒子に分解されていくのが見えた。
「カズマ!」
サクラが驚いて声を上げた。
「大丈夫」
ナナミが冷静に言った。
「彼のナノマシンが周囲の環境をスキャンしてるのよ」
数秒後、カズマの体が元の姿に戻った。彼は目を開け、にやりと笑った。
「よっしゃ、安全確認完了!」
「突然すぎでビックリだ。いつの間にそこまでナノマシンを使いこなせるようになったんだよ?」
「マジで血の吹き出す努力の賜物ってやつだよ」
笑いながら右腕を曲げて力こぶを作って見せるカズマ。
「さすがだわ」
俺はそんなカズマに感心すると、他のメンバーの顔を見渡す。
「じゃあ、行くぞ」
俺たちは浮遊する鏡の間を縫うように進んでいった。時折、鏡の中に映る奇妙な風景に目を奪われそうになる。
「あ、あれ見て!」
サクラが指差した先には、逆さまの東京タワーが映っていた。
「面白いわね」
ナナミが眼鏡を直しながら言った。
「現実世界の歪んだ反映……まさに『歪んだ鏡』ってところね」
俺は首を振った。
「集中しよう。マユとキョーコさんを見つけ出すのが先決だ」
ようやく目的の鏡に到着すると、その表面が波打つように揺れ始めた。
「みんな、気をつけろ」
俺は声をかけた。
「何が起こるかわからないぞ」
「了解」
全員が緊張した面持ちで頷いた。
俺は深呼吸をして、鏡に手を伸ばした。指が表面に触れた瞬間、強烈な吸引力を感じた。
「うわっ!」
気がつくと、俺たちは激しい勢いで鏡の中に引き込まれていた。周囲がぐるぐると回り、方向感覚が完全に失われる。
「みんな、離れるな!」
俺は必死で叫んだ。
「くそっ、気持ち悪い」
カズマの声が聞こえた。
「ナナミ、何か対策は?」
サクラが叫ぶ。
「ちょっと待って……」
ナナミの声が途切れ途切れに聞こえる。
「このデータの流れを……解析してみるわ」
俺は目を閉じ、意識を集中させた。【サイバーシンクロ】の能力を使えば、何か手がかりを得られるかもしれない。
その時、突然の衝撃と共に、回転が止まった。
「ここは……学校?」
サクラが驚いた声を上げた。
確かに、俺たちの目の前に広がっていたのは、どこにでもありそうな普通の学校の廊下だった。しかし、何かが違う。
「おい、窓の外見てみろよ」
カズマが指差す先には、曇りガラスのような霧がかかっていた。
ナナミが眉をひそめた。
「これは……データの海?このプログラム空間の外側が見えてるのかも」
俺は首を傾げた。
「なんで学校なんだ?マユとキョーコさんは、ここにいるのか?」
その瞬間、遠くの廊下の端に人影が見えた。
「あっ!」
全員が息を呑む。
人影はゆっくりとこちらに近づいてくる。その姿が明らかになるにつれ、俺の胸の鼓動が早くなった。
「まさか……」
人影は俺たちの前で立ち止まり、にっこりと笑った。
「よく来たわね、
その声を聞いた瞬間、俺の体が凍りついた。
「先生……?」
目の前に立っていたのは、俺が小学校の時に担任だった
カズマが俺の肩を叩いた。
「おい、リョータ。知り合いか?」
「ああ……」
俺は言葉を詰まらせた。
「でも、何かがおかしい」
ナナミが眼鏡を直しながら、寿々樹先生をじっと見つめた。
「これは……プログラムね。リョータの記憶を元に作られたAIよ」
「えっ!?」
サクラが驚いた声を上げた。
寿々樹先生……いや、寿々樹先生のAIは微笑んだまま、ゆっくりと話し始めた。
「よく気づいたわね。そう、私は砂羽叢くんの記憶を元に作られたプログラムよ。ここは、『プロジェクト・オーバーサイト』のテスト空間なの」
「テスト空間?」
俺は眉をひそめた。
「どういうことだ?」
「簡単に言えば」
AIの寿々樹先生は廊下を歩き始めた。
「人間の記憶と意識をデジタル空間に再現するための実験場よ」
俺たちは警戒しながらも、AIについていった。
カズマが小声で俺に話しかけてきた。
「なあ、お前の記憶の中の先生って、こんなに美人だったのか?」
「アホか」
俺は思わず赤面した。
「今はそんなこと言ってる場合じゃない」
サクラがクスッと笑いながら、
「でも、カズマくんの言う通りよ。リョータくんの理想の先生像が反映されてるのかもね」
「ああ、もう……」
俺は顔を覆いたくなった。
ナナミは真剣な表情で周囲を観察している。
「興味深いわ。このプログラム空間、とても精巧ね」
AIの寿々樹先生は立ち止まり、俺たちに向き直った。
「さて、砂羽叢くん。ここでは、あなたの記憶を元にした様々なシナリオが用意されているわ。でも、気をつけて。全てが記憶通りというわけじゃないから」
「どういう意味だ?」
俺は緊張感を高めた。
「それを、自分で確かめてみてね」
AIはにっこりと笑って、突然霧のように消えてしまった。
「うわっ!」
カズマが驚いて後ずさった。
「こえぇ……」
サクラが不安そうな顔をした。
「どうしよう……このまま進んで大丈夫かしら」
俺は深呼吸をして、仲間たちの顔を見た。
「他に選択肢はなさそうだ。でも、みんなで気をつけながら進もう」
ナナミがうなずいた。
「そうね。周囲をスキャンしながら進みましょう。異常があればすぐに知らせるわ」
「よし、行くぞ」
俺は廊下を進み始めた。
教室のドアを開けると、そこには懐かしい光景が広がっていた。小学校時代の教室。しかし、何かが違う。
「あれ?」
サクラが不思議そうに首を傾げた。
「黒板に何か書いてあるわ」
俺は黒板に近づいた。そこには暗号のような文字列が書かれている。
「これは……」
俺は目を凝らした。
「プログラムのコードか?」
ナナミが興奮した様子で言った。
「そうよ!これはZNSのコアプログラムの一部みたい。解読できれば、大きな手がかりになるわ」
カズマは退屈そうに教室を見回していた。
「はぁ……こんなの見てても俺には何もわからねぇよ」
その時、突然教室の後ろのドアが開いた。振り向くと、そこには……
「マユ!?」
俺は思わず叫んだ。
確かにマユだった。しかし、彼女の目は虚ろで、まるで操り人形のようだ。
「リョータ……」
マユの声が響く。
「私を……助けて……」
俺は駆け寄ろうとしたが、ナナミが俺の腕を掴んだ。
「待って!これも仕掛けかもしれないわ」
俺は歯を食いしばった。
「でも……」
その瞬間、マユの姿が揺らぎ、別の人物に変わった。
「キョーコさん!?」
今度はサクラが驚いて声を上げた。
キョーコの姿も、マユと同じく虚ろな目をしていた。
「みんな……気をつけて……」
キョーコの声が響く。
「これは……罠……」
そして、キョーコの姿も霧のように消えてしまった。
「くそっ!」
俺は拳を握りしめた。
「何が起きてるんだ……」
カズマが俺の肩を叩いた。
「落ち着けよ。これもテストの一部なんだろ?」
ナナミが眉をひそめながら言った。
「そうね。恐らく、私たちの反応を見ているのよ」
サクラが不安そうに周りを見回した。
「でも、マユちゃんとキョーコさんが本当に危険な目に遭ってるかもしれないわ」
俺は深く息を吐いた。「そうだな……だからこそ、冷静に行動しないと」
その時、突然教室全体が揺れ始めた。
「なっ……何だ!?」
俺は驚いて叫んだ。
窓の外の霧が渦を巻き始め、教室の風景が歪んでいく。
「みんな、気をつけて!」
ナナミが警告を発した。
「プログラムが不安定になってる!」
カズマが苦笑いを浮かべた。
「まったく、落ち着く暇もないぜ」
教室の風景が溶けるように変化し、気がつくと俺たちは...
「ここは……研究所?」サクラが驚いた声を上げた。
白い壁に囲まれた無機質な空間。そこかしこに並ぶ複雑な機械。そして中央には……
「あれは……」
俺は息を呑んだ。
巨大なガラスのカプセルが並んでいる。その中に、人影が見える。
「まさか……」
ナナミの声が震えていた。
俺たちはゆっくりとカプセルに近づいた。中には、様々な年齢の人々が眠っているように横たわっている。
「これが……『プロジェクト・オーバーサイト』の正体か?」
俺は声を潜めて言った。
その時、カプセルの一つが光り始めた。中の人物が目を覚ますように、ゆっくりと体を動かし始める。
「あっ!」
サクラが驚いて後ずさった。
カプセルが開き、中の人物がゆっくりと起き上がる。その顔を見て、俺たちは言葉を失った。
「こんにちは、みんな」
その人物が微笑んだ。
「よく来てくれたわね」
俺の口から、震える声が漏れた。
「か……母さん……?」
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